2014年4月13日日曜日

ナイン・ドラゴンズ

どうも最近まるきり何もやる気が出ず、仕事はなんとか仕方なくこなしてはいるものの、休みの日など家の外にでるのも面倒で、身の回りのことを済ませるとただぼんやりと時間を過ごすばかり。これではイカンと、せめてミステリでも読もうとアマゾンでマイケル・コナリーの新作「ナイン・ドラゴンズ」を注文。結局上下2巻を一日で読んでしまった。

コナリーは毎年一作は長編を出す多作家だが、翻訳が間に合わず、この「ナイン・ドラゴンズ」も新作と言いながら2009年の作品である。まだ6作ほど未翻訳があるがそれらの出版は何時の事になるのやら。一度待つのに疲れて原著を買ったことがあるが、さすがに全部は読みきれなかった。

コナリーのミステリは翻訳されたものは全部読んでいるのだが、なんでそんなに気に入ったのかというと、メインのシリーズが、ヒエロニムス・ボッシュという名前のロス市警刑事を主人公にした警察小説だったから。あの初期フランドル派の画家と同じ名前なのである。聖書から題材をとって、化け物や堕落した人間たちであふれた特異な絵を描く画家である。

もう何年前になったろうか、マドリードのプラド美術館で彼の代表作「快楽の園」を、その意外に小さなサイズに驚きながら、長い間眺めていたことを思い出す。そこに描かれた快楽の罪に浸る人々はただ恍惚に酔いしれており、地獄で化け物達に永遠の責め苦を負わされることなどまったく意に介していないように見えた。中世の人々もこの絵を見て罪におそれおののくというより、快楽への渇望に浸っていたのではないかと思ったものだった。

そんな名前の刑事が出てくるぐらいだから、シリーズに出てくる犯罪者たちは一筋縄ではいかない罪への耽溺者ばかりで、それに対してボッシュが独自の論理と倫理を駆使して、警察組織の自己保身勢力に足を引っ張られながらも戦っていくという内容だった。読後のカタルシス感はまことに爽快で、現代ミステリでは一番のお気に入りなのである。一連の小説にはボッシュシリーズから派生した別主人公物もあり、それはそれなりに面白いのだが、やはりコナリーの真骨頂はこのヒエロニムス・ボッシュ刑事シリーズと言える。

今回は酒屋の中国系老店主が射殺されるという事件が発端となり、ボッシュはアジア系犯罪ユニットの中国系刑事と協力しながら捜査を進めていくことになるのだが、店主が香港の犯罪組織・三合会にみかじめ料を払っていたことが判明し、集金係の男に疑惑がかかる。その過程でボッシュにはアジア系の訛りで脅迫電話がかかり、捜査情報の内部漏洩疑惑が生じる。

この時点で、あれ、警察内部以外にももう一つルートがあると普通は考えるのではないかなと私は思ったのだが、何故かボッシュは疑心暗鬼となり、中国系刑事や協力する所轄署アジア系警察官まで疑い始める。しかも、ボッシュの別れた妻と13歳になる娘は香港で暮らしており、ボッシュのもとには娘を拉致したというメール映像が送られてくる。

ボッシュは三合会による誘拐と確信し、メール画像の分析から娘の居場所を推理し、単独で香港に向かい、別れた妻の恋人でもある男と協力しながら娘を救出しようとする…、というのが大枠の内容。ネタバレになるのでこれ以上は書かないが、大きな犠牲を払いながらも見事娘は救出され、事件も完全に解決する。いささか松竹新喜劇風の「偶然の一致」と言う要素が多いのが難点で、私が前半に感じた疑問が結局この事件の鍵だったことも判る。

実質一日の間に太平洋を端から端まで往復して、事件を解決に導いたボッシュの活躍は素晴らしいのだが、今回は正直いってあまり読後のカタルシス感は高いものではない。ボッシュが警察内部の情報漏洩を疑い、事件をわざわざ困難なものにしてしまった理由は、ただただ中国というか、アジア全般に対する不信と偏見にすぎないのである。娘の誘拐ということを除けば、今回の事件はボッシュとは無関係に、あるハイテク捜査技術だけで解決できている。

その意味では、今回のボッシュの活躍は娘を東洋から西洋に奪還したと言う一点であり、確かに娘の命は救われはしたのだが、いささか複雑な思いに捕らわれてしまう結末だった。題名のナイン・ドラゴンズは香港の九龍半島から取られたらしい。中日ドラゴンズのナインとは無関係なのでご注意を。

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