2015年11月6日金曜日

スマホとiPadに大散財

先日の休みの日に朝寝していたら、どこからか聞いたことのない音楽というか、ジングルというか、言うならば携帯電話の呼び出し音のようなものが聞こえる。なんか判らんが自分とは関係ないと決め込んでいたら、今度は固定電話の呼び出し。中身は職場からの問い合わせで、すぐに終わったがどうして携帯にかけてこない?

職員が言うには、携帯に何度もかけたが出ないので固定電話にかけたのだと。してみると先程の呼び出しは私あてだったのだ。目がまだ覚めやらぬまま携帯を眺めてみれば、外部SDカードが読み込まれておらず、そこに保存してあった呼び出し音が消えていて別のものに切り変わっていたのだった。カメラや仕事関連のファイルもごっそり消えている。

修理のため貴重な休日をドコモショップで過ごすことになるが、ここがまたものすごい人出。数時間待ちとのこと。午後の予約時間前に出直すが、順番はまだまだ回ってきそうにない。ここには予診係みたいな人がいて、窓口に座るまでに問題を聞いてくれるのだが、カード自体の異常かも知れないし、本体の異常かもしれず、個人情報の観点からはカードを調べるわけには行かないのだと言う。

本体の検査修理には異常あるなしにかかわらず2万程かかるので、割引制度を利用した新機種交換とほとんど負担は同じなのだと。三年使っている今のアンドロイドには満足していたが、負担がそう変わらずに新機種になるなら交換のチャンスかもなと思ってしまった。あとは窓口で手続をと言ってその予診係は消えてしまい、私は更に待ちぼうけ。

そこに別のキャッチ系お兄さんが現れる。いまキャンペーンをやっていてスマホとiPadを同時契約すると通信費はほとんど増えない。iPadのハード費用もほとんど無料になるという。私は最初期型のiPadを持っているが、カメラはないしiOS9が入らないので使えるアプリは減るばかりという現状にいささか参っており、ハード無料で通信費も安いというなら交換のチャンスと思ってしまった。後にそれは大間違いと知れたが、キャッチ君の説明はどう聞いても「ほとんど費用はかからない」という内容であった。

やっと窓口に呼ばれ、スマホとiPadの契約をしたが、一括で10数万なんぼという説明。あれ、機種交換に2万程度とハードはほぼ無料じゃなかったけ。向こうの言うには月々分割の場合、通信料の大幅割引きでいままでと負担はほとんど変わらないのだが、一括ならハード費用はそのまま払ってもらうしかない。通信費はかなり安くなるので、二年の間には今日払う費用はほぼチャラになる(かもしれない)とのこと。

明日の100円よりは今日の10円という関西人感覚からはいささか受け入れ難かったが、今更どうにもならない。ドコモショップを出ると外はもう薄暗い。時間と金を無駄にしてしまった虚しさが、吹き始めた冬風に倍加される晩秋の夕暮れなのだった。

2015年10月4日日曜日

車にはねられてしまった その2

ストレッチャーに乗せられて天井の照明が過ぎ行くのを見ていると、子供の頃見ていた医療ドラマ「ベン・ケーシー」のオープニングを思い出す。たしかあの映像では頭を先にしてストレッチャーを移動させていたが、それは患者に不安を与えるので、よろしくないんだよな。その夜の救急隊員も頭を先にしている。ちゃんと研修させにゃ行かんなどと考えていると救急室に到着。

明るいイケメン看護師が問診、その後にもう一度同じことを研修医に説明。この時点でネックカラーを付けさせられるが、頭頸部がデカ目の私には苦しいだけ。これナシではダメ?と頼んでみるが「規則だから」と取り合ってもらえない。輸液ラインまで取ると言い出したので、それはマジに拒否。

しかし研修医は私のTシャツに白いシミが浮いているのを目ざとく見つけ、やってきた指導医に、多量の発汗のせいで塩が浮いているようなのでショックの可能性を考える必要があるのでは、と提案している。あのー、このシミは歯磨き粉がたれてできたもので…と説明しようとしたが何だか恥ずかしくて言えなかった。

まあ、ケロッとしているし、レントゲンとCT、内蔵損傷チェックのための超音波検査しておけばいいだろうと言う話に落ち着き、一通りの苦行をおえて無罪放免。筋肉痛がひどいが、面倒臭かったので痛み止めはもらわなかった。家にあるのを適当に飲んでおこうと思ったのだが、すでにダンボールに詰められているのを忘れていて、一晩激しい全身の筋肉痛にさいなまれる。

最近の救急医療というのは全身状態には過剰なまでの注意は払うが、膝や手に今そこにある擦過傷などには余り関心がないらしく、傷は結局ほったらかし。帰るときに看護スタッフから、「傷はシャワーで洗って、市販のカットバンを貼っておいてください」と言われてひっくり返りかける。

帰ってから膝の傷をシャワーで洗ったら、アスファルトのカケラが2個ほどでてきたが、まあそれは良しとしておこう。買い置きしてあったキズパワーパッドのおかげか、10日目にはほぼ傷が塞がったので、妙な消毒やらガーゼを使わないというのは方針としては正しいのだろう。病院で洗浄してちゃんとドレッシングしてくれないのは不思議だが。全身の筋肉痛のほうはいまだに続いており、ダンボールに囲まれた生活が改善されないのはそのせいなのだ。

今回の教訓。
①どうせ車にはねられるなら、メルセデスに限る。
②病院に行くときは歯磨き粉を垂らしたTシャツなどは着用禁忌。

2015年10月3日土曜日

車にはねられてしまった

表題通りなんだが、時は既に10日以上前、明日は引っ越しの本作業という先月21日夜のことである。引越し作業で出た山のようなゴミを収集所に持って行った帰り、マンションへのアプローチ通路兼駐車場で、突然背中に大きな衝撃を受けて1m以上ふっ飛ばされた。

地面にたたきつけられる寸前、かなり冷静にこう考えていた。ライトが見えなかったので、どうもバックしてきた車にはねられたらしい。一番怖いのは向こうが気づかずにそのまままた轢かれてしまうことなので、着地後なるべく外側に移動できるようにしないといけない。

その後どうしたかはあまり良く覚えていないのだが、両膝と右手の甲、右上腕外側に擦り傷があるところから、一旦膝をつきながらも右前方に一回転して不十分ながらも受け身をとったようである。右頬に軽い擦過傷はあるが、頭をまともに売ってもいないようだ。昔いい加減に習った柔道の技が少しは役に立ったようだ。
 
もっとも仰向けになった位置で自分と車を見てみれば、完全に車の軌跡からは外れておらず、そのまま車がバックすれば両足轢断と言うハメになるところだった。相手の車はマンションの駐車場でいつも目立っていたメルセデスのワゴンで、これが普通の3ボックスカーなら上に跳ね上げられてひどい怪我を追っていたかもしれない。

骨が折れている様子もなし、擦り傷だけだと判断したのだが、こんな時は動かないほうがいいと思われ、救急車を呼んでもらうことにする。この辺で一番大きな救急病院を指定し、面映ゆくも救急車の中の人に。大したことないんだがなぁと思いつつも、ストレッチャーに乗る時全く自分の力では動けなかったのが気になった。勿論、一番気になったのは翌日の引越し作業のことである。(続く)

2015年9月30日水曜日

やっとネットがつながった

引っ越しというか、荷物の運送と運びこみ自体は一週間前には終わったのだが、何しろ安上がりプランなもので、業者は家具を大まかに配置してくれるのと、小物が入ったダンボールを運びこんでくれるだけの契約である、生活に必要な物資がどこにあるのかも判らず、当然食事を作る事も出来ない。

ここ10日近く朝飯はコンビニおにぎり、昼はパンと牛乳、ディナーはサイゼリアと言う生活。夜はココイチと言う日もあったが、あんまり変わらん。寝る時もシーツが見つからず、ベッドマットに直接寝る始末で、いささかグロッキー気味。それでも早く帰ってダンボールを片付けないとと思うのだが、それがままならない。こんな時に限って仕事は忙しく、どうでもいい様な会議や雑用が打ち続く。

その上に引越の前日、思わぬ事態に遭遇してしまい、作業進行には今現在も大きな阻害要因となっている。その件については後述ということにしたい。先ほどダンボールの山の中からMacBookをやっと回収したのだが、何故かマウスがない。私、トラックパッドが苦手なんですよね。ここまで入力するのも大変だったので詳しい話は明日以降。そう期待するような話ではないが。

2015年9月20日日曜日

浅草で一泊

毎年今頃に娘達と恒例になっている亡き妻の慰霊大酒飲み大会を浅草で開催。当初は妻が好きだったクラシックホテル、箱根の富士屋ホテルとか日光の金谷ホテルなんかを利用することにしていたのだが、結構物入りなのと遠くまで行くのが面倒という理由で、昨年からは都内開催に簡易化。

それでも一応家族4人で泊まったことのある所にしようと言うことで、今年は浅草ビューホテルを選択。25年ぐらい前に初詣で利用したことがある。その時の印象はいささか危ない土地柄に聳え立つ白亜の超高級ホテルというものだったが、久しぶりに来てみれば、ビジネスホテルにまばらに毛が生えた、かなりヘタリが目立つ宿泊施設だった。記憶の中で美化されていたんですな。娘達の意見も同じ。

ホテルのレストランには余り期待できそうにないので、地元の雰囲気を満喫しようと焼肉屋とイタリアンバルをハシゴ。浅草の街はなかなかの情緒で、ぶらぶら歩きしているだけでも楽しい。土曜日のせいか夜遅くまで行きかう人波が絶えず、路上のテーブルで人々が飲み食う様子は東南アジアを思わせるエネルギーあふれるムード。こちらも触発され、さらにコンビニで酒とつまみを買い込みホテルの部屋でグダグダと飲み続ける。

結局いつの間にやら眠りこけていて、慰霊の夜は過ぎてしまった。娘達と分かれて、引越し荷物作りのために上野湘南ライン(こんなのがいつの間にか出来ていたので驚き)で帰宅。もう鍋も食器も片付けてしまったので、連休中はコンビニおにぎりとファミレス定食で過ごすことになる。そういえばネットの撤去作業の業者がもうじき来るんだった。本当に新居で生活再建が出来るんだろうかと、一寸不安になる二日酔いの休日なのだった。

2015年9月13日日曜日

縫いぐるみがお気に入り

引越し荷物まとめの作業中、押し入れの奥から古びた犬の縫いぐるみを回収した。娘たちが子供の頃、さんざん一緒に遊んでほとんど擦り切れかかっていたもの。名前もつけていた筈だが忘れてしまった。捨てずにとってあったんですな。

勝手に捨ててしまうのも何なのでソファーの上に放り出しておいたら、猫がいたく気に入ったのか、終日寄り添って寝るようになった。たまにちょっと蹴飛ばしてみたり、鼻先をなめたりしているので、自分の同類だと思っているのかもしれない。

何だこいつ、親戚っぽいけど何も言わないな。この家の匂いが染み付いているから、ここに住んでたんだろうな。でも、かまってやってもえらく反応が鈍いぞ。ちょっとトロいのかな。まあ、悪さもしてこないし、一緒に寝ていてやろう。と言うような感じか。

おかげで私の寝床に入ってくることがほとんどなくなり、荷造り作業がまだまだ続く中、抜け毛掃除にとられる手間がかなり減ったのが有難い。新居の方にも持っていくしかあるまい。こうして捨てられない過去のボロの類が、またひとつ増えるのだった。

薄暗かったのでフラッシュを焚いたら、色目が飛んでしまって白黒写真みたいになってしまったが、どうせノエルはカラーであろうが白黒であろうが、いつも黒。

2015年9月6日日曜日

引越し準備に青息吐息

引っ越しの日を9月の連休と決めたのはいいのだが、老後の蓄えを少しでも残そうというセコイ考えのもと、引っ越し業者の見積もりから、かなり安上がりなプランを選んでしまった。一人暮らしの事、荷物準備に大した手間はいらんだろうと思ったのである。

しかしよく考えれば今は一人暮らしとはいえ、かっての4人家族生活の遺物をほとんど抱えたままなのである。煎茶でも抹茶でも20人以上招いて茶会が開けそうな道具を持っている独り者と言うのは、かなり稀な存在なのではないかと思うがどんなものだろう。塗りのお盆も30枚ほどあったな。後は推して知るべしである。

そんな訳でここ何日か、荷物をダンボールに詰めるだけの毎日である。大きな家具などは業者が運んでくれるが、中の小物はこちらが整理梱包しておかないといけない。幸いなことに、10年以上前に「蔵書」というものは持たないことにして、医学書は勤め先の図書室に、人文系の全集などは公共の図書館に寄付してしまった。フロイトもウィトゲンシュタインも柳田國男も南方熊楠もきっと本望であろう。こちらも労力が半分。

それでもちょっと気になる本とか、たまに読み返すので取っておいてある本もまだたくさんあり、これの扱いが大変。本は集まるとやたらに重く、ダンボール一箱で30kg近くにはなる。まとまるとトン単位になるダンボールの置き場がないので寝室にも積み上げてあるのだが、地震でもあって崩れれば圧死は確実である。

その上、目についたものから箱に詰めてしまうものだから、当面の生活必需品が全く揃わない。食器棚の底の方からレトルトカレーを発見したので、晩飯はこれにしようと温め始めたのはいいが、お皿をみんな片づけてしまっていた。ドンブリしかなく、おまけにスプーンがない。仕方なく箸で食べていると実に情けなくなってくる。

せめて少しでも猫が手伝ってくれたらなぁと思うのだが、邪魔はしても助けてくれるはずもない。大体、引越し当日、こいつをどうしておけばいいのだろうかと、悩みの種は増えるばかりなのだった。