せっかくの連休なので、たまには活字でも読もうと、ずっと横積みにしてあった計見一雄氏の「戦争する脳」を手に取る。新書なので、ボケかけた頭でも何とか読み通せるのではという思惑である。
計見氏は私より干支一回りほど上で、大学も違えば職場も一緒になったことはないのだが、学生時代から私的な研究会で様々な教えを受けた大先輩にして大恩人である。ここ10年以上ご無沙汰しているが、時折出される著作には、この歳になっても蒙を啓かれることしきりである。
この国の精神科医としてはまれなことに精神分析の立場に立つ方で、私のような通俗精神科医とはいささか格調が違う。旧海軍軍人の父上の影響か、旧軍の良質な部分の教養と伝統を体現しておられる。我が家なんか、爺さんが輜重兵(運転手)で親父は工兵隊(線路工夫)だものね。
その計見氏がこのところ流行りの「脳」本を出したのかと思ったが、中身はそのようなものではなかった。精神分析学者らしく、否認機制の解説に始まり、イラク戦争が長期化した理由を、戦争主導者たちに働いた否認機制から説明する試みがなされている。脳の機能についての解説はほとんど付け足しだけ。ただ脳機能の成り立ちからして「好悪や愛憎抜きの純粋な合理的判断は、脳には出来ない」と前半3分の1当たりで結論されてはいる。
それ以降は脳機能の話は出てこず、氏の戦史薀蓄やライフワークである精神科救急と戦陣精神医学の話が続く。この辺は私も昔調べた事があるが、計見氏の概説のほうがはるかに詳しい。米軍の精神科救急ユニットは朝鮮戦争の頃確立したと私は理解していたんだが、実際は湾岸戦争まで満足に機能していなかったんですな。我が国の職場の精神衛生活動がたいして機能しないのも当然かも。
精神科医の立場で読めば示唆に富む内容なのだが、一般的な「脳本」を期待するといささか裏切られるかも知れない。しかし戦争と精神医学という意外な組み合わせと、けっこうな関連性の存在を知ることは損にはならないと思える。
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