2015年12月17日木曜日

モナドの領域

何処で知ったのか忘れてしまったが、かの筒井康隆が新作長編を出し、それも著者自ら「わが最高傑作にして、おそらくは最後の長篇」と宣言しているそうな。これは読まねばならぬとアマゾンで注文。ただ単行本を買うと1500円もするので、全文が掲載されている雑誌「新潮」を980円で購入。500円得した高揚感で一気に読了。

で、感想なのだがいささか微妙である。公園で発見された女の片腕、バラバラ殺人と思われる事件の捜査にあたる美男でインテリの警部、皮肉屋で饒舌なベテラン鑑識課員、彼らの初動捜査段階には合相応しくないマニアックな美学的会話から物語は始まる。

鑑識課員はこれが「極めて大きな何事かの濫觴」だという感想を述べるのだが、ここで何となく悪い予感。「濫觴」なんて言葉、日常で使うことあるか?ましてや殺人事件の捜査過程の雑談で。そもそもこの言葉、ランショウという音もきついし、漢字の印象もあまりに硬い。

濫は氾濫とか濫用とかの、みだりに過剰なという意味を先に連想してしまうし、觴に至っては何だか判らず、角が尖ったもので傷つけられるような不吉なイメージを持つばかり。両者からは溢れる禍々しさは受け取れても、小さな流れに盃を浮かべるといったほのぼのさは全く感じられないのだ。

そりゃお前の無知のせいだろと言われるだろうが、私にはこの言葉からは、ひけらかしとか、見掛け倒しといったメタなメッセージを受け取ってしまい、それが最後まで先入観として残ってしまった。では、つまらなかったのかと言うとそんなことはなく、十分楽しんで3時間余を過ごすことは出来た。ただその楽しさは、例えば水戸黄門がその権力を使って、非道な悪漢どもを懲らしめる爽快さのようなものである。

全知全能の存在が人間社会で絶対とされる正義や善という観念を軽々と手玉に取り、次々と繰り出される古今東西の知識人たちの該博というレベルを超えた引用で解説していく様は見事というしかない。結局最後は神をこえたその存在は、ある意味での叙述トリックなのだということが仄めかされるあたりで、ああまたこれかいな、と溜息をついて残りをそさくさと読み飛ばすことになるけれど。

私は以前から、筒井康隆の小説はとても面白いのに、彼が稀に書く芝居はさっぱり面白くないのは何故なんだろうと不思議に思っていた。この小説を読むと、何となくその理由がわかるような気がする。筒井の真似をしてわかりにくい表現をするなら、可能世界は言語によってそのすべてが記述されるわけではなく、言語で描かれる世界はモナドの領域の一部に過ぎないということだ。おまけにそのモナドには窓もあるということに、筒井は少々無自覚なのではないだろうか。

2015年12月7日月曜日

Playback.fm

Facebookで友人がPlayback.fmというサイトを紹介していた。一種の音楽配信サービスなんだが、コンテンツはYouTubeから丸パクリ。独自の工夫はある時点でもっとも流行っていた(ただし米国での話だが)曲を検索できる点。そのサイトでは"Find the #1 Song on the Day You Were Born"と題して、誕生日に特化した作りとなっている。

気になるので早速自分の誕生日、1950年7月1日を検索してみれば、なんとアントン・カラスの奏でる映画「第三の男」のテーマ曲のチター演奏が流れてきた。私、この映画もテーマ曲も大好きなんだよね。これともう一つ「カサブランカ」を足せば、私にとって成熟し適度にヘタレた男の理想像を描いたイデア的作品になると言って過言ではない。そうだったのか、自分が生まれた時少なくとも米国でもっとも聴かれていた曲だったんだ。特別の感情を刺激されるのも当然だ。

ついでに、同じサイトが提供する"Find #1 Movie Day You Were Born & Watch Trailer"という映画版を検索してみる。そうしたら「花嫁の父」というコメディ映画だった。これは見てはいないが40年後にリメイクされた「花嫁のパパ」というのは見ていたので、結構面白いものだったと予想される。オリジナルには若き日のエリザベス・テイラーが出ているぐらいで。

何であれ、自分の誕生日にけっこう印象的な音楽が流行っていたことを知ったのは収穫だった。自分とは何の関係もないんだけど。それにしてもチターという楽器はすごい。超高度なテクニックを要求されるんだろうが、一台でオーケストラ並の音の広がりを表現出来る。監督はこれをはじめて聞いた時、既に映画の成功を確信したに違いない。

2015年11月26日木曜日

シルバー整髪

ここ10年以上、散髪といえば1000円の店しか行っていなかった。昔はホテルの整髪室なんか使って、数千円出していたこともあるが、今考えるととても正気の沙汰ではない。世の中に1000円床屋というものが広まり始めると、ごく当然のようにそちらを選ぶようになった。

安いだけではなく、10分そこらで終わるので生活時間を侵害しない。それに薄毛に悩まされる体質ではないという幸運もあり、妙な育毛対策も必要ない。そもそも大金かけて凝った作業を頭髪に施しても、それに見合うルックスを欠くので大した意味は無いのである。

そんな訳でずっと1000円床屋のお得意さんだったわけだが、いいことばかりではない。消費税アップ以降には1000円と言いつつ1080円取られるようになったし、シャンプーがなく、掃除機で毛くずを吸い取るだけなので、早めに入浴して頭を洗わないと気持ち悪い。風呂から上がったら妙にリラックスしてしまい、早くからワインなんか飲み始めたりして、休日のTO DOスケジュールは台無しとなることがしばしば。「生活時間を侵害しない」はずなのに。

引越し後、自宅の近くに「シルバー整髪」と看板に書かれた理髪店を発見した時には目が釘付けになった。60歳以上だと1600円でシャンプー、顔剃り込みの整髪をしてくれるというのである。520円アップではあるものの、この歳になったことで初めて具体的金銭的メリットを得られる機会だと思うと少々心が踊った。

そんな訳で、髪の毛も十分伸びたし、平日休みの今日、いざその店に出陣。久々の後ろに倒れるでかい椅子と、鏡の前に据えられたシャワー付きシンクに感激する。シャンプー中の「痒いとこありませんか?」の定例質問にも思わず笑みがもれて口に泡が入りかける。

初利用ということで顧客カードを作ってくれるのだが、「50代ですか?」というお世辞にも乗らず、「いえ60代です!!」とキッパリ。金がかかっている場合、多少の見栄など出てくる余地はない。そうして1600円を払って悠々と帰宅したのだった。ただ出るときに壁に掲げられた料金表を見てみれば、この店は若い人も整髪料が1900円らしく、いささかお得気分が減少したのは否めなかった。

2015年11月15日日曜日

久々の富士山

ここ何日か雨や曇が続いていたのが、久々に夕方になって晴れあがり、赤富士の如き山頂が顔を出している。引っ越してきた我が家からは一応富士山が見えるのだが、残念なことに手前のビルに半分ほど隠れてしまうのと、大きくベランダから身を乗り出さないといけないのが難点である。

最近不運が続いており、つるりとしたスマホなどで安易に写真を取ろうとすると取り落として大事故の加害者になってしまいそうなので、引越し荷物の底の方から回収した10年前ぐらいのデジタル一眼を持ち出し、ストラップが劣化していないことをよく確かめて写真を撮るべくベランダへ。

当然のごとく電池切れで、慌てて家捜しして電池を入れ替えている間に薄暗くなってしまったが、やはり富士は富士。勇壮かつ華麗な姿を暮れなずむ夕空に留めていてくれる。こちらの寿命が尽きるまでは、視界を遮る新しいビルが建たないことを願いつつ、今日一日の無事を富士に感謝する夕暮れなのだった。

2015年11月6日金曜日

スマホとiPadに大散財

先日の休みの日に朝寝していたら、どこからか聞いたことのない音楽というか、ジングルというか、言うならば携帯電話の呼び出し音のようなものが聞こえる。なんか判らんが自分とは関係ないと決め込んでいたら、今度は固定電話の呼び出し。中身は職場からの問い合わせで、すぐに終わったがどうして携帯にかけてこない?

職員が言うには、携帯に何度もかけたが出ないので固定電話にかけたのだと。してみると先程の呼び出しは私あてだったのだ。目がまだ覚めやらぬまま携帯を眺めてみれば、外部SDカードが読み込まれておらず、そこに保存してあった呼び出し音が消えていて別のものに切り変わっていたのだった。カメラや仕事関連のファイルもごっそり消えている。

修理のため貴重な休日をドコモショップで過ごすことになるが、ここがまたものすごい人出。数時間待ちとのこと。午後の予約時間前に出直すが、順番はまだまだ回ってきそうにない。ここには予診係みたいな人がいて、窓口に座るまでに問題を聞いてくれるのだが、カード自体の異常かも知れないし、本体の異常かもしれず、個人情報の観点からはカードを調べるわけには行かないのだと言う。

本体の検査修理には異常あるなしにかかわらず2万程かかるので、割引制度を利用した新機種交換とほとんど負担は同じなのだと。三年使っている今のアンドロイドには満足していたが、負担がそう変わらずに新機種になるなら交換のチャンスかもなと思ってしまった。あとは窓口で手続をと言ってその予診係は消えてしまい、私は更に待ちぼうけ。

そこに別のキャッチ系お兄さんが現れる。いまキャンペーンをやっていてスマホとiPadを同時契約すると通信費はほとんど増えない。iPadのハード費用もほとんど無料になるという。私は最初期型のiPadを持っているが、カメラはないしiOS9が入らないので使えるアプリは減るばかりという現状にいささか参っており、ハード無料で通信費も安いというなら交換のチャンスと思ってしまった。後にそれは大間違いと知れたが、キャッチ君の説明はどう聞いても「ほとんど費用はかからない」という内容であった。

やっと窓口に呼ばれ、スマホとiPadの契約をしたが、一括で10数万なんぼという説明。あれ、機種交換に2万程度とハードはほぼ無料じゃなかったけ。向こうの言うには月々分割の場合、通信料の大幅割引きでいままでと負担はほとんど変わらないのだが、一括ならハード費用はそのまま払ってもらうしかない。通信費はかなり安くなるので、二年の間には今日払う費用はほぼチャラになる(かもしれない)とのこと。

明日の100円よりは今日の10円という関西人感覚からはいささか受け入れ難かったが、今更どうにもならない。ドコモショップを出ると外はもう薄暗い。時間と金を無駄にしてしまった虚しさが、吹き始めた冬風に倍加される晩秋の夕暮れなのだった。

2015年10月4日日曜日

車にはねられてしまった その2

ストレッチャーに乗せられて天井の照明が過ぎ行くのを見ていると、子供の頃見ていた医療ドラマ「ベン・ケーシー」のオープニングを思い出す。たしかあの映像では頭を先にしてストレッチャーを移動させていたが、それは患者に不安を与えるので、よろしくないんだよな。その夜の救急隊員も頭を先にしている。ちゃんと研修させにゃ行かんなどと考えていると救急室に到着。

明るいイケメン看護師が問診、その後にもう一度同じことを研修医に説明。この時点でネックカラーを付けさせられるが、頭頸部がデカ目の私には苦しいだけ。これナシではダメ?と頼んでみるが「規則だから」と取り合ってもらえない。輸液ラインまで取ると言い出したので、それはマジに拒否。

しかし研修医は私のTシャツに白いシミが浮いているのを目ざとく見つけ、やってきた指導医に、多量の発汗のせいで塩が浮いているようなのでショックの可能性を考える必要があるのでは、と提案している。あのー、このシミは歯磨き粉がたれてできたもので…と説明しようとしたが何だか恥ずかしくて言えなかった。

まあ、ケロッとしているし、レントゲンとCT、内蔵損傷チェックのための超音波検査しておけばいいだろうと言う話に落ち着き、一通りの苦行をおえて無罪放免。筋肉痛がひどいが、面倒臭かったので痛み止めはもらわなかった。家にあるのを適当に飲んでおこうと思ったのだが、すでにダンボールに詰められているのを忘れていて、一晩激しい全身の筋肉痛にさいなまれる。

最近の救急医療というのは全身状態には過剰なまでの注意は払うが、膝や手に今そこにある擦過傷などには余り関心がないらしく、傷は結局ほったらかし。帰るときに看護スタッフから、「傷はシャワーで洗って、市販のカットバンを貼っておいてください」と言われてひっくり返りかける。

帰ってから膝の傷をシャワーで洗ったら、アスファルトのカケラが2個ほどでてきたが、まあそれは良しとしておこう。買い置きしてあったキズパワーパッドのおかげか、10日目にはほぼ傷が塞がったので、妙な消毒やらガーゼを使わないというのは方針としては正しいのだろう。病院で洗浄してちゃんとドレッシングしてくれないのは不思議だが。全身の筋肉痛のほうはいまだに続いており、ダンボールに囲まれた生活が改善されないのはそのせいなのだ。

今回の教訓。
①どうせ車にはねられるなら、メルセデスに限る。
②病院に行くときは歯磨き粉を垂らしたTシャツなどは着用禁忌。

2015年10月3日土曜日

車にはねられてしまった

表題通りなんだが、時は既に10日以上前、明日は引っ越しの本作業という先月21日夜のことである。引越し作業で出た山のようなゴミを収集所に持って行った帰り、マンションへのアプローチ通路兼駐車場で、突然背中に大きな衝撃を受けて1m以上ふっ飛ばされた。

地面にたたきつけられる寸前、かなり冷静にこう考えていた。ライトが見えなかったので、どうもバックしてきた車にはねられたらしい。一番怖いのは向こうが気づかずにそのまままた轢かれてしまうことなので、着地後なるべく外側に移動できるようにしないといけない。

その後どうしたかはあまり良く覚えていないのだが、両膝と右手の甲、右上腕外側に擦り傷があるところから、一旦膝をつきながらも右前方に一回転して不十分ながらも受け身をとったようである。右頬に軽い擦過傷はあるが、頭をまともに売ってもいないようだ。昔いい加減に習った柔道の技が少しは役に立ったようだ。
 
もっとも仰向けになった位置で自分と車を見てみれば、完全に車の軌跡からは外れておらず、そのまま車がバックすれば両足轢断と言うハメになるところだった。相手の車はマンションの駐車場でいつも目立っていたメルセデスのワゴンで、これが普通の3ボックスカーなら上に跳ね上げられてひどい怪我を追っていたかもしれない。

骨が折れている様子もなし、擦り傷だけだと判断したのだが、こんな時は動かないほうがいいと思われ、救急車を呼んでもらうことにする。この辺で一番大きな救急病院を指定し、面映ゆくも救急車の中の人に。大したことないんだがなぁと思いつつも、ストレッチャーに乗る時全く自分の力では動けなかったのが気になった。勿論、一番気になったのは翌日の引越し作業のことである。(続く)