引っ越しというか、荷物の運送と運びこみ自体は一週間前には終わったのだが、何しろ安上がりプランなもので、業者は家具を大まかに配置してくれるのと、小物が入ったダンボールを運びこんでくれるだけの契約である、生活に必要な物資がどこにあるのかも判らず、当然食事を作る事も出来ない。
ここ10日近く朝飯はコンビニおにぎり、昼はパンと牛乳、ディナーはサイゼリアと言う生活。夜はココイチと言う日もあったが、あんまり変わらん。寝る時もシーツが見つからず、ベッドマットに直接寝る始末で、いささかグロッキー気味。それでも早く帰ってダンボールを片付けないとと思うのだが、それがままならない。こんな時に限って仕事は忙しく、どうでもいい様な会議や雑用が打ち続く。
その上に引越の前日、思わぬ事態に遭遇してしまい、作業進行には今現在も大きな阻害要因となっている。その件については後述ということにしたい。先ほどダンボールの山の中からMacBookをやっと回収したのだが、何故かマウスがない。私、トラックパッドが苦手なんですよね。ここまで入力するのも大変だったので詳しい話は明日以降。そう期待するような話ではないが。
2015年9月30日水曜日
2015年9月20日日曜日
浅草で一泊
毎年今頃に娘達と恒例になっている亡き妻の慰霊大酒飲み大会を浅草で開催。当初は妻が好きだったクラシックホテル、箱根の富士屋ホテルとか日光の金谷ホテルなんかを利用することにしていたのだが、結構物入りなのと遠くまで行くのが面倒という理由で、昨年からは都内開催に簡易化。
それでも一応家族4人で泊まったことのある所にしようと言うことで、今年は浅草ビューホテルを選択。25年ぐらい前に初詣で利用したことがある。その時の印象はいささか危ない土地柄に聳え立つ白亜の超高級ホテルというものだったが、久しぶりに来てみれば、ビジネスホテルにまばらに毛が生えた、かなりヘタリが目立つ宿泊施設だった。記憶の中で美化されていたんですな。娘達の意見も同じ。
ホテルのレストランには余り期待できそうにないので、地元の雰囲気を満喫しようと焼肉屋とイタリアンバルをハシゴ。浅草の街はなかなかの情緒で、ぶらぶら歩きしているだけでも楽しい。土曜日のせいか夜遅くまで行きかう人波が絶えず、路上のテーブルで人々が飲み食う様子は東南アジアを思わせるエネルギーあふれるムード。こちらも触発され、さらにコンビニで酒とつまみを買い込みホテルの部屋でグダグダと飲み続ける。
結局いつの間にやら眠りこけていて、慰霊の夜は過ぎてしまった。娘達と分かれて、引越し荷物作りのために上野湘南ライン(こんなのがいつの間にか出来ていたので驚き)で帰宅。もう鍋も食器も片付けてしまったので、連休中はコンビニおにぎりとファミレス定食で過ごすことになる。そういえばネットの撤去作業の業者がもうじき来るんだった。本当に新居で生活再建が出来るんだろうかと、一寸不安になる二日酔いの休日なのだった。
それでも一応家族4人で泊まったことのある所にしようと言うことで、今年は浅草ビューホテルを選択。25年ぐらい前に初詣で利用したことがある。その時の印象はいささか危ない土地柄に聳え立つ白亜の超高級ホテルというものだったが、久しぶりに来てみれば、ビジネスホテルにまばらに毛が生えた、かなりヘタリが目立つ宿泊施設だった。記憶の中で美化されていたんですな。娘達の意見も同じ。
ホテルのレストランには余り期待できそうにないので、地元の雰囲気を満喫しようと焼肉屋とイタリアンバルをハシゴ。浅草の街はなかなかの情緒で、ぶらぶら歩きしているだけでも楽しい。土曜日のせいか夜遅くまで行きかう人波が絶えず、路上のテーブルで人々が飲み食う様子は東南アジアを思わせるエネルギーあふれるムード。こちらも触発され、さらにコンビニで酒とつまみを買い込みホテルの部屋でグダグダと飲み続ける。
結局いつの間にやら眠りこけていて、慰霊の夜は過ぎてしまった。娘達と分かれて、引越し荷物作りのために上野湘南ライン(こんなのがいつの間にか出来ていたので驚き)で帰宅。もう鍋も食器も片付けてしまったので、連休中はコンビニおにぎりとファミレス定食で過ごすことになる。そういえばネットの撤去作業の業者がもうじき来るんだった。本当に新居で生活再建が出来るんだろうかと、一寸不安になる二日酔いの休日なのだった。
2015年9月13日日曜日
縫いぐるみがお気に入り
引越し荷物まとめの作業中、押し入れの奥から古びた犬の縫いぐるみを回収した。娘たちが子供の頃、さんざん一緒に遊んでほとんど擦り切れかかっていたもの。名前もつけていた筈だが忘れてしまった。捨てずにとってあったんですな。
勝手に捨ててしまうのも何なのでソファーの上に放り出しておいたら、猫がいたく気に入ったのか、終日寄り添って寝るようになった。たまにちょっと蹴飛ばしてみたり、鼻先をなめたりしているので、自分の同類だと思っているのかもしれない。
何だこいつ、親戚っぽいけど何も言わないな。この家の匂いが染み付いているから、ここに住んでたんだろうな。でも、かまってやってもえらく反応が鈍いぞ。ちょっとトロいのかな。まあ、悪さもしてこないし、一緒に寝ていてやろう。と言うような感じか。
おかげで私の寝床に入ってくることがほとんどなくなり、荷造り作業がまだまだ続く中、抜け毛掃除にとられる手間がかなり減ったのが有難い。新居の方にも持っていくしかあるまい。こうして捨てられない過去のボロの類が、またひとつ増えるのだった。
薄暗かったのでフラッシュを焚いたら、色目が飛んでしまって白黒写真みたいになってしまったが、どうせノエルはカラーであろうが白黒であろうが、いつも黒。
勝手に捨ててしまうのも何なのでソファーの上に放り出しておいたら、猫がいたく気に入ったのか、終日寄り添って寝るようになった。たまにちょっと蹴飛ばしてみたり、鼻先をなめたりしているので、自分の同類だと思っているのかもしれない。
何だこいつ、親戚っぽいけど何も言わないな。この家の匂いが染み付いているから、ここに住んでたんだろうな。でも、かまってやってもえらく反応が鈍いぞ。ちょっとトロいのかな。まあ、悪さもしてこないし、一緒に寝ていてやろう。と言うような感じか。
おかげで私の寝床に入ってくることがほとんどなくなり、荷造り作業がまだまだ続く中、抜け毛掃除にとられる手間がかなり減ったのが有難い。新居の方にも持っていくしかあるまい。こうして捨てられない過去のボロの類が、またひとつ増えるのだった。
薄暗かったのでフラッシュを焚いたら、色目が飛んでしまって白黒写真みたいになってしまったが、どうせノエルはカラーであろうが白黒であろうが、いつも黒。
2015年9月6日日曜日
引越し準備に青息吐息
引っ越しの日を9月の連休と決めたのはいいのだが、老後の蓄えを少しでも残そうというセコイ考えのもと、引っ越し業者の見積もりから、かなり安上がりなプランを選んでしまった。一人暮らしの事、荷物準備に大した手間はいらんだろうと思ったのである。
しかしよく考えれば今は一人暮らしとはいえ、かっての4人家族生活の遺物をほとんど抱えたままなのである。煎茶でも抹茶でも20人以上招いて茶会が開けそうな道具を持っている独り者と言うのは、かなり稀な存在なのではないかと思うがどんなものだろう。塗りのお盆も30枚ほどあったな。後は推して知るべしである。
そんな訳でここ何日か、荷物をダンボールに詰めるだけの毎日である。大きな家具などは業者が運んでくれるが、中の小物はこちらが整理梱包しておかないといけない。幸いなことに、10年以上前に「蔵書」というものは持たないことにして、医学書は勤め先の図書室に、人文系の全集などは公共の図書館に寄付してしまった。フロイトもウィトゲンシュタインも柳田國男も南方熊楠もきっと本望であろう。こちらも労力が半分。
それでもちょっと気になる本とか、たまに読み返すので取っておいてある本もまだたくさんあり、これの扱いが大変。本は集まるとやたらに重く、ダンボール一箱で30kg近くにはなる。まとまるとトン単位になるダンボールの置き場がないので寝室にも積み上げてあるのだが、地震でもあって崩れれば圧死は確実である。
その上、目についたものから箱に詰めてしまうものだから、当面の生活必需品が全く揃わない。食器棚の底の方からレトルトカレーを発見したので、晩飯はこれにしようと温め始めたのはいいが、お皿をみんな片づけてしまっていた。ドンブリしかなく、おまけにスプーンがない。仕方なく箸で食べていると実に情けなくなってくる。
せめて少しでも猫が手伝ってくれたらなぁと思うのだが、邪魔はしても助けてくれるはずもない。大体、引越し当日、こいつをどうしておけばいいのだろうかと、悩みの種は増えるばかりなのだった。
しかしよく考えれば今は一人暮らしとはいえ、かっての4人家族生活の遺物をほとんど抱えたままなのである。煎茶でも抹茶でも20人以上招いて茶会が開けそうな道具を持っている独り者と言うのは、かなり稀な存在なのではないかと思うがどんなものだろう。塗りのお盆も30枚ほどあったな。後は推して知るべしである。
そんな訳でここ何日か、荷物をダンボールに詰めるだけの毎日である。大きな家具などは業者が運んでくれるが、中の小物はこちらが整理梱包しておかないといけない。幸いなことに、10年以上前に「蔵書」というものは持たないことにして、医学書は勤め先の図書室に、人文系の全集などは公共の図書館に寄付してしまった。フロイトもウィトゲンシュタインも柳田國男も南方熊楠もきっと本望であろう。こちらも労力が半分。
それでもちょっと気になる本とか、たまに読み返すので取っておいてある本もまだたくさんあり、これの扱いが大変。本は集まるとやたらに重く、ダンボール一箱で30kg近くにはなる。まとまるとトン単位になるダンボールの置き場がないので寝室にも積み上げてあるのだが、地震でもあって崩れれば圧死は確実である。
その上、目についたものから箱に詰めてしまうものだから、当面の生活必需品が全く揃わない。食器棚の底の方からレトルトカレーを発見したので、晩飯はこれにしようと温め始めたのはいいが、お皿をみんな片づけてしまっていた。ドンブリしかなく、おまけにスプーンがない。仕方なく箸で食べていると実に情けなくなってくる。
せめて少しでも猫が手伝ってくれたらなぁと思うのだが、邪魔はしても助けてくれるはずもない。大体、引越し当日、こいつをどうしておけばいいのだろうかと、悩みの種は増えるばかりなのだった。
2015年8月30日日曜日
ビバ、ホワイトベルグ
私は10年前ぐらいから心房細動の発作が出るようになり、やがて慢性化していつも脈が三三七拍子を打つようになってしまった。脈が不整だと血流が不安定になり、血栓が出来やすくなる。私の父親も心房細動があり、結局脳梗塞を起こして死んでしまった。今の私の年齢より3歳上だった。
それを見ていたものだから、あまり安らかに当時の治療常識、頻脈にならないようにし、同時に血栓予防を図る、と言う方針を不安なく受け入れられなかった。大体、ワーファリンという血栓予防薬を飲んでいると納豆とか多量の緑黄色野菜が食べられないのである。関西人ながら納豆好きの私には耐えられない。
そんな訳で6年前にカテーテルアブレーションという根治術をうけ、劇的に不整脈は完治したのだが、何故か不思議なことに、その治療を受けてからビールを美味いと思えなくなった。汗ダラダラの夏の日の終わりに、でかいジョッキでキンキンに冷えたビールを一気にゴクゴク、ぷふあーうま~い、と言うのが感じられなくなり、むしろ苦痛になってしまった。
アブレーション治療というのは不整脈の異常な電気刺激を出している部分を心臓から電気的に隔離するわけで、左房肺静脈流入路をぐるりと高周波焼却するのが標準的手技である。言うなら心臓の一部を低温やけどさせるわけで、当然近くの臓器も影響を受ける可能性がある。特に食道はすぐ近くにあるので、ここも軽いやけどを負う可能性は高いのである。
私が治療を受けた病院ではアブレーション治療後に食道や胃の内視鏡検査をするのがルーティンになっていたが、微妙な神経損傷ぐらいでは、まず見過ごされるだろう(もっとも発見されたって別に治療手段はないけど)。多分、食道の知覚神経に軽い損傷をきたし、一気に食道を流れ落ちるビールが違和感のみを与えるようになったのだろうと言うのが私の仮説。
「カテーテルアブレーション後にビール飲用困難となった一例」と言う論文でも書こうかと思ったが、主治医からは酒を飲むなと言われていたのを思い出してやめた。もっとも一年間はちゃんと断酒してたんですよ。だからビールが旨くなくなっているのを発見したのも一年後。
ここからやっと本題にはいるのだが、グビグビゴクゴク系のビールは確かにうまくなくなったが、ちびちび飲むタイプの酒は昔と同じようにうまいと感じる。ビールでも、ベルギーのシメイとか、ヒューガルテンなどの手の込んだ発酵をさせたものなんかは、むしろよりうまく感じるほどである。特に後者に代表される小麦麦芽の白ビールは最高。いわゆる地ビールとして日本でもぼちぼち作られてはいるものの、妙に値段が高くていけない。
今日たまたま近くの安売り酒屋に寄ってみたら、何とベルギー白ビールをイメージした日本製発泡酒を売っていたのである。値段はたったの100円ちょっと。早速半ダースほど買い込み試飲してみる。見た目はあんまり白ビールっぽくないが、お約束のコリアンダーとオレンジピールのかすかな香りも付けられており、値段を考えると実にお買い得。
私みたいな特殊な事情を抱えている人間ばかりではなく、最近の若い人たちの間ではビール離れが進みつつあると聞く。白ビールなどの非ラガービールはひとつの方向性になるような気がしますがなぁ。ワイン感覚で飲めるのだから。ホワイトベルグなる安発泡酒が、そうした試みのアンテナ商品であることを期待したいものだ。何故か熱くなって長文になってしまった。
それを見ていたものだから、あまり安らかに当時の治療常識、頻脈にならないようにし、同時に血栓予防を図る、と言う方針を不安なく受け入れられなかった。大体、ワーファリンという血栓予防薬を飲んでいると納豆とか多量の緑黄色野菜が食べられないのである。関西人ながら納豆好きの私には耐えられない。
そんな訳で6年前にカテーテルアブレーションという根治術をうけ、劇的に不整脈は完治したのだが、何故か不思議なことに、その治療を受けてからビールを美味いと思えなくなった。汗ダラダラの夏の日の終わりに、でかいジョッキでキンキンに冷えたビールを一気にゴクゴク、ぷふあーうま~い、と言うのが感じられなくなり、むしろ苦痛になってしまった。
アブレーション治療というのは不整脈の異常な電気刺激を出している部分を心臓から電気的に隔離するわけで、左房肺静脈流入路をぐるりと高周波焼却するのが標準的手技である。言うなら心臓の一部を低温やけどさせるわけで、当然近くの臓器も影響を受ける可能性がある。特に食道はすぐ近くにあるので、ここも軽いやけどを負う可能性は高いのである。
私が治療を受けた病院ではアブレーション治療後に食道や胃の内視鏡検査をするのがルーティンになっていたが、微妙な神経損傷ぐらいでは、まず見過ごされるだろう(もっとも発見されたって別に治療手段はないけど)。多分、食道の知覚神経に軽い損傷をきたし、一気に食道を流れ落ちるビールが違和感のみを与えるようになったのだろうと言うのが私の仮説。
「カテーテルアブレーション後にビール飲用困難となった一例」と言う論文でも書こうかと思ったが、主治医からは酒を飲むなと言われていたのを思い出してやめた。もっとも一年間はちゃんと断酒してたんですよ。だからビールが旨くなくなっているのを発見したのも一年後。
ここからやっと本題にはいるのだが、グビグビゴクゴク系のビールは確かにうまくなくなったが、ちびちび飲むタイプの酒は昔と同じようにうまいと感じる。ビールでも、ベルギーのシメイとか、ヒューガルテンなどの手の込んだ発酵をさせたものなんかは、むしろよりうまく感じるほどである。特に後者に代表される小麦麦芽の白ビールは最高。いわゆる地ビールとして日本でもぼちぼち作られてはいるものの、妙に値段が高くていけない。
今日たまたま近くの安売り酒屋に寄ってみたら、何とベルギー白ビールをイメージした日本製発泡酒を売っていたのである。値段はたったの100円ちょっと。早速半ダースほど買い込み試飲してみる。見た目はあんまり白ビールっぽくないが、お約束のコリアンダーとオレンジピールのかすかな香りも付けられており、値段を考えると実にお買い得。
私みたいな特殊な事情を抱えている人間ばかりではなく、最近の若い人たちの間ではビール離れが進みつつあると聞く。白ビールなどの非ラガービールはひとつの方向性になるような気がしますがなぁ。ワイン感覚で飲めるのだから。ホワイトベルグなる安発泡酒が、そうした試みのアンテナ商品であることを期待したいものだ。何故か熱くなって長文になってしまった。
2015年8月17日月曜日
マンションを買ってしまった
何をトチくるったか、突然「マンションを買おう」と思いつき、たまたま訪ねた仲介業者のお兄ちゃんが気のいい人であったこともあり、いくつか回った物件のうち、まあまあと思えるものの契約を済ませてしまった。思いついてからひと月たっていない。こりゃもしかしたら躁状態に入り込みつつあるのかなぁ。
この歳ではローンを組むわけにも行かず、なけなしの老後資金を大方使い果たす。今までのまま賃貸に住み、自分の寿命と蓄えのどちらが先に尽きるかを競い合う、スリリングな老後を送るのも悪く無いと思うのだが、何となくそれでは落ち着きがなくなり、モノに頼る守りの姿勢になってしまったということなのかもしれない。
新居(といっても中古だが)の決定理由を列挙すると、
①猫が飼える。②駅に近い。③飲み屋街に近い。④食い物屋街に近い。⑤スーパーが近い。⑥言われてみればはるかに海が見える(どうも江ノ島の花火も見えるらしい)。⑦言われてみれば富士山もかなたに見える。
というわけで、人生を締めくくるにはまずまずの環境に思えたから。
こんな思いつきのお陰で後最低4〜5年は働くしか無くなってしまったが、なにせ怠け者なので、そうでもしないと引きこもり老人になってしまう危機感もこれを決めた理由のひとつである。しかし、契約を済ませた後に不動産サイトを見ると、もっと良さげな物件ばかりが目につくのは何故であろうか。
なお、左上の間取り図はイメージであって、実際に契約した物件とは何の関係もありません。
この歳ではローンを組むわけにも行かず、なけなしの老後資金を大方使い果たす。今までのまま賃貸に住み、自分の寿命と蓄えのどちらが先に尽きるかを競い合う、スリリングな老後を送るのも悪く無いと思うのだが、何となくそれでは落ち着きがなくなり、モノに頼る守りの姿勢になってしまったということなのかもしれない。
新居(といっても中古だが)の決定理由を列挙すると、
①猫が飼える。②駅に近い。③飲み屋街に近い。④食い物屋街に近い。⑤スーパーが近い。⑥言われてみればはるかに海が見える(どうも江ノ島の花火も見えるらしい)。⑦言われてみれば富士山もかなたに見える。
というわけで、人生を締めくくるにはまずまずの環境に思えたから。
こんな思いつきのお陰で後最低4〜5年は働くしか無くなってしまったが、なにせ怠け者なので、そうでもしないと引きこもり老人になってしまう危機感もこれを決めた理由のひとつである。しかし、契約を済ませた後に不動産サイトを見ると、もっと良さげな物件ばかりが目につくのは何故であろうか。
なお、左上の間取り図はイメージであって、実際に契約した物件とは何の関係もありません。
2015年8月11日火曜日
労働が美となる日を求めて
私が子供の頃(考えてみれば60年近く前のことだ)、家の近くで鉄橋の新設工事をやっていて、このリベット投げを心行くまで観察できた。リベットの投げ手は道路の高さにいて、受け手は10数m以上高い鉄橋のテッペンにいるのである。当然受け手はほとんど動けず、体の正面に来るリベットを受けるしかない。外れたリベットを追っていけば転落するだけ。
ところが長い間見ていても、リベットが外れることは全くないのだ。投げ手はひたすら受け手の正面にリベットを投げ続け、受けた男は素早く必要な部署に分配する。夜になっても続く作業では赤く焼けたリベットが作る光の弧があまりに美しく、携わる男たちの仕事への誇りと気高さを象徴しているかに見えたものだった。
そんな訳で、いまもその技術を受け継いているといわれるベトナム人労働者諸君。あなた達の技術はまだまだ話しにならない。あなた達の労働が同時に美として捉えられるレベルに達しない限り、桎梏としての労働から解放される日はまだ遠いと思いましょう。差し当たってはあの投げ手の腰の座りを決めるところから誰か指導してやらにゃイカンな。
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