久々の何の雑用もない平日休みなので、ちょっと遠出をしようと思っていたのに、起きてみれば大雨である。他にすることもなく、仕方なくスーパーへ行き、作り置きおかずの準備。
鮮魚コーナーに「腰越漁港直送!!」と書かれたシコイワシがあったので1kgほど買い込む。漁港直送と言う割には、花粉症かと思うほど目を真っ赤にしたイワシが結構混じっているが、どうせ発酵させるわけだから気にしないことにして作業開始。
まずイワシを三枚におろすのだが、昨年までは手開きにしていたものの結構な手間なので、みのもんたがやっていたTV番組(なんか県別の料理を紹介するようなの)で紹介されていた、小包を結紮するプラスチックベルトを使って削ぎ落とす方法を試してみる。エラの下のあたりにベルトの輪っかをあて、エイヤと削り落とす。多少のコツはいるがなかなか機能的である。
いつもの半分ぐらいの時間で準備は終わり、さっと洗って水気を切り、塩漬けにしていく。塩−魚−塩と言う具合にタッパに重ねて並べ、冷蔵庫の野菜室に収納。冷蔵室ではうまく発酵せず、単なる塩漬けになるだけだという。まあそうなっても多分違いは判らんだろうけど。
2ヶ月ほど置いてからイワシを取り出し、オリーブオイルに漬け込む予定。さて今年はいかなる出来となりますやら。去年の漬け込み分がそろそろなくなるので、少々気が焦る雨の日の朝である。
2016年4月7日木曜日
2016年4月3日日曜日
花見で大賑わい
私が住むマンションの前には小さな公園があり、藤棚やらブランコがささやかに備えられているのだが、程々の大きさに育った桜の木も数本植えられていて、それがここ3日ほどの間にあれよあれよと満開近くになった。
折しも日曜日、どこからともなく人が集まってきて朝から花見宴会である。写真ではえらくショボイが、大きな桜の木は別のところにあり、私の部屋からは宴会している人々を観察できるのはこの小さな木の下だけなのである。
100mほど歩けばもっと見栄えのいい桜のトンネルになった川岸があるのだが、通路なのでブルーシートを敷いて飲み食いするには若干狭苦しい。それでも果敢に飲んでいる人はいたけれど。
曇天、低温の悪条件にもかかわらず、人も犬もみなとても幸せそうだったのが羨ましい。でも頻尿に悩まされる年頃の私には、ここで本格花見するのはちょっと苦行。ここの公園にはホームレス排除目的なのか、トイレがないのである。災害時の避難場所となった時には仮設トイレが用意されるらしいけれど。
そんな訳で高いところから覗き込んで失礼とは思うものの、望遠観察で済まさせてもらった。それにしても夜の9時過ぎているのに、まだ酔って笑いさざめく声が聞こえているのにはいささか感服。
折しも日曜日、どこからともなく人が集まってきて朝から花見宴会である。写真ではえらくショボイが、大きな桜の木は別のところにあり、私の部屋からは宴会している人々を観察できるのはこの小さな木の下だけなのである。
100mほど歩けばもっと見栄えのいい桜のトンネルになった川岸があるのだが、通路なのでブルーシートを敷いて飲み食いするには若干狭苦しい。それでも果敢に飲んでいる人はいたけれど。
曇天、低温の悪条件にもかかわらず、人も犬もみなとても幸せそうだったのが羨ましい。でも頻尿に悩まされる年頃の私には、ここで本格花見するのはちょっと苦行。ここの公園にはホームレス排除目的なのか、トイレがないのである。災害時の避難場所となった時には仮設トイレが用意されるらしいけれど。
そんな訳で高いところから覗き込んで失礼とは思うものの、望遠観察で済まさせてもらった。それにしても夜の9時過ぎているのに、まだ酔って笑いさざめく声が聞こえているのにはいささか感服。
2016年3月19日土曜日
Nikon coolpix P900 その2
再びNikon coolpix P900の話。このカメラにはプレ設定に「月モード」というのが準備されているぐらいで、天体撮影も売りのひとつなのである。折しも久々の好天で、夕刻には天頂近くに13夜の月が出ているではないか。早速動画撮影。
上の部屋のベランダが邪魔してそのままでは月が見えず、三脚を傾けて二脚状態にしてカメラをベランダから飛び出させているので、今ひとつ画像がふらつく。妙な叫び声は下の公園で遊ぶ近所のガキども。
しかし夜中に望遠カメラを担いで怪しげな動きをしていると、天体マニアならぬ変態マニアと間違われるのではないかというのが懸念ではある。
2016年3月17日木曜日
Nikon coolpix P900
予想よりは安かったとは言え、結構な物入りである。老後の資金をこんな飯の種にもならん物に浪費している場合ではないのだが、物欲を刺激される商品に出会うことはそうあるものではない。これが日産GT-Rなら笑って見過ごせるが、払おうと思えば払える価格だというのがいけません。
早速セットアップしてベランダに出てみる。我が家からわずかに見える江ノ島の展望タワーを狙ってズームイン。手持ちだといくら「手ぶれ補正」を掛けていてもまともな画像にはならず、三脚を使っても光学ズーム+電子ズーム一杯状態では微妙な振動が画像をふらつかせる。YouTubeにアップされている映像群は撮り手の腕がいいだけでなく、条件を最適化するためにかなりの準備をしたものと思われる。
まあそれでも、マニュアルもまともに読まない素人が撮った動画で、どこに展望台があるのか判らない段階から連続撮影して、ズーム極限ではぼんやりながらも展望台の屋上に人がいるようにみえるというのは、まあ満足すべき能力なのかもしれない。しかし、この後一体これで何をすればいいのか、冷静に考えるとかなり虚しくなってしまうのだった。
2016年3月3日木曜日
立体駐車場
私の住んでいるマンションには平駐め、というかもっとうまい言い方があるような気もする普通に敷地の片隅に駐める駐車場と、機械式の地下一階+地上二階式の駐車場があり、後者は平駐めより月2000円ほど安いので、私は契約時には迷わず機械式を選んだ。
自分に割り当てられた番号を入力すると、9つの駐車パレットがかなり複雑な動きをみせた末、目の前に自分のパレットが出て来る。ほぼ6ヶ月になるのにいまだにその動きの法則性をつかめず、どんなに急いでいる時でも出入庫が可能になるのをぼんやり待っていないといけない。そんな時に限って尿意が切迫していたりするのもこれまた不思議で、なるほどこれが月2000円の代償なのかと思い知る。
昨夕帰宅して入庫しようとしていたら、普段の私が利用する位置の隣に入っていた北欧車が地下に沈み込んで行く際に、とんでもない異音を発し始めた。コリャ異常事態だと思うのだが、リセットボタンを押せばいいという発想が出てこない。そうこうしていると北欧車は45度の角度まで傾き転覆寸前になった。薄暗い照明の元で見えたのは、その車の後部座席のドアが開いたままになっていて、駐車設備の枠に引っかかってひっくり返りかけている姿であった。
その直後、頑丈さで世界的に知られているその車の後部ドアは完全にひしゃげてしまい、引っ掛かりから脱した車は駐車設備の一部をぶっ壊しながら、派手な音を立てて通常位置に収まった。あまりに大胆な展開に、緊急連絡先に電話を掛けるのにもしばらく時間がかかったが、本当のことを言うと、どこまで自分に責任があると言われる可能性があるのか、小ズルく考えこんだからに他ならない。私が入庫しようとしなかったら北欧車は無事だったんだし。
結局管理会社に連絡し、やってきた係員からは何のお咎めもなく、「ドア開けといた人の責任ですから」という力強いお言葉を頂き一件落着。私の仕事ではね、明らかな自己責任を、たまたまそれに立ち会った人間のせいだと非難するのが当たり前だと考える人が結構いるんですよ。そんな理不尽さにも出会わず、その夜は安眠。今日になって、北欧車の持ち主からは菓子折りまで頂き、この世はそう悪いところでもないと心も弾んだ早春の一日だった。
自分に割り当てられた番号を入力すると、9つの駐車パレットがかなり複雑な動きをみせた末、目の前に自分のパレットが出て来る。ほぼ6ヶ月になるのにいまだにその動きの法則性をつかめず、どんなに急いでいる時でも出入庫が可能になるのをぼんやり待っていないといけない。そんな時に限って尿意が切迫していたりするのもこれまた不思議で、なるほどこれが月2000円の代償なのかと思い知る。
昨夕帰宅して入庫しようとしていたら、普段の私が利用する位置の隣に入っていた北欧車が地下に沈み込んで行く際に、とんでもない異音を発し始めた。コリャ異常事態だと思うのだが、リセットボタンを押せばいいという発想が出てこない。そうこうしていると北欧車は45度の角度まで傾き転覆寸前になった。薄暗い照明の元で見えたのは、その車の後部座席のドアが開いたままになっていて、駐車設備の枠に引っかかってひっくり返りかけている姿であった。
その直後、頑丈さで世界的に知られているその車の後部ドアは完全にひしゃげてしまい、引っ掛かりから脱した車は駐車設備の一部をぶっ壊しながら、派手な音を立てて通常位置に収まった。あまりに大胆な展開に、緊急連絡先に電話を掛けるのにもしばらく時間がかかったが、本当のことを言うと、どこまで自分に責任があると言われる可能性があるのか、小ズルく考えこんだからに他ならない。私が入庫しようとしなかったら北欧車は無事だったんだし。
結局管理会社に連絡し、やってきた係員からは何のお咎めもなく、「ドア開けといた人の責任ですから」という力強いお言葉を頂き一件落着。私の仕事ではね、明らかな自己責任を、たまたまそれに立ち会った人間のせいだと非難するのが当たり前だと考える人が結構いるんですよ。そんな理不尽さにも出会わず、その夜は安眠。今日になって、北欧車の持ち主からは菓子折りまで頂き、この世はそう悪いところでもないと心も弾んだ早春の一日だった。
2016年2月14日日曜日
グリルダッチオーブンその後
先月衝動買いしてしまったグリルダッチオーブンなる料理器具であるが、予想以上に有用性が高い。根菜類とベーコンなんかを適当に蒸焼きするだけでそれなりの清貧ディナーが出来て、しかもあまり洗い物がでないところが孤老生活にはうってつけ。
もっとレパートリーを広げようと、アップルパイに挑戦。冷凍庫の奥に3年は寝かせてあった(しかも引っ越しの時一度溶けたはず)冷凍パイシートを発見したのと、スーパーで珍しく紅玉を売っていたのでその気になった。
食ったことはあっても作ったことは勿論ないが、多分リンゴのバター砂糖煮みたいなのを作ってそれをパイ皮で包んで焼きゃいいんだろうと、はなはだアバウトな目論見で作業開始。ちょっと不安だったのでクックパッドあたりでカンニングもしておくが、結局ほとんど自己流。クッキングシートとか、パイ皿なんか面倒で使ってられない。
一番の問題は温度と時間であるが、どうせグリルには低中高の三段階しかないし、焼けたかどうか見りゃ判るだろうと、普通の料理と同じ10分強、火力強にセット。結果として表面が少し焦げてしまったものの、まあ何とか形になった。一人で食うにはちょっと多かったので、3分の2ほどを翌日職場に持って行ったらそれなりの評価。お世辞は素直に受け取っておこう。
今年の義理チョコのお返しはこいつで行こうと、3年ものではないパイシートをまたも備蓄するのだが、次回もお世辞が返ってくるかどうかは不明。何となく落語の「寝床」を思い出す嵐の日曜日なのだった。
もっとレパートリーを広げようと、アップルパイに挑戦。冷凍庫の奥に3年は寝かせてあった(しかも引っ越しの時一度溶けたはず)冷凍パイシートを発見したのと、スーパーで珍しく紅玉を売っていたのでその気になった。
食ったことはあっても作ったことは勿論ないが、多分リンゴのバター砂糖煮みたいなのを作ってそれをパイ皮で包んで焼きゃいいんだろうと、はなはだアバウトな目論見で作業開始。ちょっと不安だったのでクックパッドあたりでカンニングもしておくが、結局ほとんど自己流。クッキングシートとか、パイ皿なんか面倒で使ってられない。
一番の問題は温度と時間であるが、どうせグリルには低中高の三段階しかないし、焼けたかどうか見りゃ判るだろうと、普通の料理と同じ10分強、火力強にセット。結果として表面が少し焦げてしまったものの、まあ何とか形になった。一人で食うにはちょっと多かったので、3分の2ほどを翌日職場に持って行ったらそれなりの評価。お世辞は素直に受け取っておこう。
今年の義理チョコのお返しはこいつで行こうと、3年ものではないパイシートをまたも備蓄するのだが、次回もお世辞が返ってくるかどうかは不明。何となく落語の「寝床」を思い出す嵐の日曜日なのだった。
2016年1月24日日曜日
こんなものを買った。「グリルダッチオーブン」
正月に娘達が帰ってきたのはいいのだが、上の娘が発熱していて、ロキソニンを肴にシャンパンをあおる状態。おまけに職場に戻ってから調べたらインフルエンザAだったとの連絡。3日ほど一緒にいたのだからこれは伝染されたに違いないと覚悟したが別に熱も出ずに経過した。
ところが何故か妙な咳がでるようになり、3週間近く続いてしまった。10数年前に野焼きの煙の中をジョギングしたのがきっかけで咳喘息になったことがあり、それの再発かとステロイドの吸入を始めたら一寸ましになったが、それでも喘鳴を伴う咳が続き、一時は仕事をするのも辛かった。
ようやくここ何日かおさまってきたので、何か書こうという気にもなった次第。こういう時一番書きやすのが買い物の紹介で、今回は「グリルダッチオーブン」という珍品。何の事はない蓋付きの小ぶりフライパンなんだが、台所のレンジの魚焼きグリルに入れて、アウトドア風料理を作れるという触れ込みのツールである。
台所のレンジについている魚焼きグリルは使ったあとの掃除が大変で、私みたいな無精者にはなかなか使いこなせない。焼き魚は電子レンジに入れて使う専用皿みたいなものがあるので、もっぱらそれしか使っていないが、せっかくある機能を使わないのは勿体ないと常々思っていた。たまたま以前バナナスタンドを買った台所用品店で売っていたので、若干の躊躇のあと買ってしまった。
とにかくなんか作ってみようと、付いてきたレシピ集の「ガーリックチキン」を作ってみる。ジャガイモと人参をガーリックオイルで軽く炒め、安売りしていた鶏もも肉の整形クズに塩コショウしたものを加えて蓋をしてグリルに入れて10分一寸。時間が短すぎるんではないかと思ったが、鶏にも野菜にも火は十分通り、塩胡椒だけなのに肉汁があふれ出ている。
いささか地味ではあるものの、ワインを添えてそれなりのディナーの出来上がり。今後も使いこなせるかどうか多少疑問はあるが、半月寝込んでいた反動で買ってしまったガジェットに終わらぬよう精進するつもり。
ところが何故か妙な咳がでるようになり、3週間近く続いてしまった。10数年前に野焼きの煙の中をジョギングしたのがきっかけで咳喘息になったことがあり、それの再発かとステロイドの吸入を始めたら一寸ましになったが、それでも喘鳴を伴う咳が続き、一時は仕事をするのも辛かった。
ようやくここ何日かおさまってきたので、何か書こうという気にもなった次第。こういう時一番書きやすのが買い物の紹介で、今回は「グリルダッチオーブン」という珍品。何の事はない蓋付きの小ぶりフライパンなんだが、台所のレンジの魚焼きグリルに入れて、アウトドア風料理を作れるという触れ込みのツールである。
台所のレンジについている魚焼きグリルは使ったあとの掃除が大変で、私みたいな無精者にはなかなか使いこなせない。焼き魚は電子レンジに入れて使う専用皿みたいなものがあるので、もっぱらそれしか使っていないが、せっかくある機能を使わないのは勿体ないと常々思っていた。たまたま以前バナナスタンドを買った台所用品店で売っていたので、若干の躊躇のあと買ってしまった。
とにかくなんか作ってみようと、付いてきたレシピ集の「ガーリックチキン」を作ってみる。ジャガイモと人参をガーリックオイルで軽く炒め、安売りしていた鶏もも肉の整形クズに塩コショウしたものを加えて蓋をしてグリルに入れて10分一寸。時間が短すぎるんではないかと思ったが、鶏にも野菜にも火は十分通り、塩胡椒だけなのに肉汁があふれ出ている。
いささか地味ではあるものの、ワインを添えてそれなりのディナーの出来上がり。今後も使いこなせるかどうか多少疑問はあるが、半月寝込んでいた反動で買ってしまったガジェットに終わらぬよう精進するつもり。
2015年12月27日日曜日
防災無線の都市伝説
多分、大概の所でも同じだと思うが、私の住む街には、防災無線と呼ばれる広報装置の鉄塔があちこちに立っている。市役所が管理していて、市民に緊急の連絡がある時、それを通じて知らせるのである。
この街は海沿いでもあり、地震や津波情報、避難命令などが主な目的とされているのだろう。とは言うものの、普段は午後四時半頃に「夕焼け小焼け」のメロディーが流れ、良い子に帰宅を促す程度の使われ方である。
そんな防災無線であるが、気象情報、地震情報の間をぬって時たま聴かれるのが「行方不明者のお知らせ」。それも家出した中学生を探すのではなく、認知症を患っていると思われるお年寄りに関するお知らせである。ほとんど夕方、薄暗くなりかけてから放送される。
曰く、今朝早くからどこどこに住むxx歳の女性/男性が行方不明になっていると前置きし、身長や風貌、服装などについて簡単な説明があり、心当たりの人は最寄りの警察署に連絡して欲しいと続く。名前や詳しい住所は知らされず、あれで本人確認出来るのかねと心配してしまう。
私の街の防災無線は放送内容をツイッターに流していて、それを見るとこの9月からの約4ヶ月の間、210件ほどの放送(そのほとんどが気象警報や地震の通知)
があり、そのうち行方不明老人についての放送は12件である。全てがツイッターに投稿されているとは限らないが、月に3回は老人が行方不明になっている勘定である。
基本的には数時間後、そうでなくても翌日には発見されたとアナウンスされ、めでたしめでたしとなることが多い。しかしこの時の言い方に微妙な差があり、それが実際の転帰を暗に示しているのだ、と言うのが主婦たちに噂されていると複数の女性職員が教えてくれた。
というのが「無事に保護されました」と言われる場合と、「発見されました」とさらりと言うだけの場合があり、後者は「行方不明者は死んでいた」という意味なのだと。しかし、徘徊のあげく交通事故にあったり、海や川に落ちて溺死というのは聞く話ではあるがそんなに多いことなんだろうか。
警察庁が昨年秋に認知症に関する省庁連絡会議用に作った資料(PDF)をみると、平成25年度に認知症関連で行方不明となり届け出られた人数は10322人。そのうち所在が確認されたのは10088人である。ただ、警察庁は388人の死亡者も所在確認にカウントしている。行方不明のままの人は151人おり、身元が不明のまま施設などで保護されている少数の人以外はまず死亡しているだろうから、5%強の人は死亡すると見てそれほどのズレはないような気がする。
けっこう大きな数字なのだが、それが起こる確率はそう高くなく、ましてやアナウンスで言い分ける程ではない。先ほどの防災ツイッターを見れば、保護の知らせはすべて「発見されました」である。ツイッターで文字化されたものと実際の放送が一緒である保証はないが、仮に表現が違う場合であっても、アナウンスする人のその時の気分以上の理由はなさそうである。
では何故こんな噂話が生まれるのだろう。これは実際に認知症老人介護を担っている人々(その殆どが主婦たち)、およびやがて来るかもしれない介護の日々を予感している人たちが、その苦痛からの解放希求を控えめに表現したファンタジーなのではないか、と言うのが私の独断的考察。
介護者を悩ます徘徊が、同時に根本的問題の消滅に繋がるかもしれないという、人には言えない期待が、防災無線アナウンスの微妙なニュアンスの違いとして表現されているかのように聞き取れてしまうのではないか。いささか不謹慎な意見ではあるものの、家族に介護を押し付けることをメインとするこの国の認知症対策ポリシーのもとでは、そう感じるのも致し方なかろうと思う。
この街は海沿いでもあり、地震や津波情報、避難命令などが主な目的とされているのだろう。とは言うものの、普段は午後四時半頃に「夕焼け小焼け」のメロディーが流れ、良い子に帰宅を促す程度の使われ方である。
そんな防災無線であるが、気象情報、地震情報の間をぬって時たま聴かれるのが「行方不明者のお知らせ」。それも家出した中学生を探すのではなく、認知症を患っていると思われるお年寄りに関するお知らせである。ほとんど夕方、薄暗くなりかけてから放送される。
曰く、今朝早くからどこどこに住むxx歳の女性/男性が行方不明になっていると前置きし、身長や風貌、服装などについて簡単な説明があり、心当たりの人は最寄りの警察署に連絡して欲しいと続く。名前や詳しい住所は知らされず、あれで本人確認出来るのかねと心配してしまう。
私の街の防災無線は放送内容をツイッターに流していて、それを見るとこの9月からの約4ヶ月の間、210件ほどの放送(そのほとんどが気象警報や地震の通知)
があり、そのうち行方不明老人についての放送は12件である。全てがツイッターに投稿されているとは限らないが、月に3回は老人が行方不明になっている勘定である。
基本的には数時間後、そうでなくても翌日には発見されたとアナウンスされ、めでたしめでたしとなることが多い。しかしこの時の言い方に微妙な差があり、それが実際の転帰を暗に示しているのだ、と言うのが主婦たちに噂されていると複数の女性職員が教えてくれた。
というのが「無事に保護されました」と言われる場合と、「発見されました」とさらりと言うだけの場合があり、後者は「行方不明者は死んでいた」という意味なのだと。しかし、徘徊のあげく交通事故にあったり、海や川に落ちて溺死というのは聞く話ではあるがそんなに多いことなんだろうか。
警察庁が昨年秋に認知症に関する省庁連絡会議用に作った資料(PDF)をみると、平成25年度に認知症関連で行方不明となり届け出られた人数は10322人。そのうち所在が確認されたのは10088人である。ただ、警察庁は388人の死亡者も所在確認にカウントしている。行方不明のままの人は151人おり、身元が不明のまま施設などで保護されている少数の人以外はまず死亡しているだろうから、5%強の人は死亡すると見てそれほどのズレはないような気がする。
けっこう大きな数字なのだが、それが起こる確率はそう高くなく、ましてやアナウンスで言い分ける程ではない。先ほどの防災ツイッターを見れば、保護の知らせはすべて「発見されました」である。ツイッターで文字化されたものと実際の放送が一緒である保証はないが、仮に表現が違う場合であっても、アナウンスする人のその時の気分以上の理由はなさそうである。
では何故こんな噂話が生まれるのだろう。これは実際に認知症老人介護を担っている人々(その殆どが主婦たち)、およびやがて来るかもしれない介護の日々を予感している人たちが、その苦痛からの解放希求を控えめに表現したファンタジーなのではないか、と言うのが私の独断的考察。
介護者を悩ます徘徊が、同時に根本的問題の消滅に繋がるかもしれないという、人には言えない期待が、防災無線アナウンスの微妙なニュアンスの違いとして表現されているかのように聞き取れてしまうのではないか。いささか不謹慎な意見ではあるものの、家族に介護を押し付けることをメインとするこの国の認知症対策ポリシーのもとでは、そう感じるのも致し方なかろうと思う。
2015年12月23日水曜日
バナナスタンド
駅前に前から気になっているキッチンウェアの店があり、一度入ってみようと思っていたのだが、何となく価格設定が高そうで入りそびれていた。田舎街とはいえ、駅前で鍋釜売るからにはそれなりの採算目論見もあるだろうし。たまたまお好み焼き用のコテ(テコとも言うがどちらが正しいのかは知らない)が必要となり、いい機会とばかりに入ってみる。そして10分余の探索の末、ここには売っていないという結論。関東だから仕方ないのかなと思ったが、もんじゃ焼きのヘラもなかったので、粉モンには関わらぬという店主のポリシーなのかもしれない。
そこでサッサと帰ればいいのだが、一大決心で入ってきたからにはなにか買わないとイカンと言う気分になり、と言って何万もする和包丁などには手が出ない。そこで見つけたのがこの「バナナスタンド」。冷蔵庫に入れると痛みがかえって早いバナナの保存に役立ち、それ自体がオブジェにもなるという触れ込み。
オブジェになるかどうかは疑問ながら、たしかに横置きしていると底面から痛むバナナの保存には誠に適したものであるように思える。朝飯はバナナだけで済ますことが多い私には、バナナの合理的長期保存は重要問題である。値段も二割引き900円との事で、役に立たなくてもそうダメージはないだろうと購入。
実際に使ってみると…。やはり3日もすれば皮は黒ずみ、そうたいして長期保存を可能にしてくれるわけではない。確かに一部が先に真っ黒けという事態は少なくなるけれど。ええい、ここはバナナオブジェ機能だけでも享受しようと気持ちを切り替えるが、全体が黒ずんだバナナはそう鑑賞に耐えるものではない。アマゾンでは1200円ほどで売っていた、と言うのが唯一の救いかな。
2015年12月17日木曜日
モナドの領域
何処で知ったのか忘れてしまったが、かの筒井康隆が新作長編を出し、それも著者自ら「わが最高傑作にして、おそらくは最後の長篇」と宣言しているそうな。これは読まねばならぬとアマゾンで注文。ただ単行本を買うと1500円もするので、全文が掲載されている雑誌「新潮」を980円で購入。500円得した高揚感で一気に読了。
で、感想なのだがいささか微妙である。公園で発見された女の片腕、バラバラ殺人と思われる事件の捜査にあたる美男でインテリの警部、皮肉屋で饒舌なベテラン鑑識課員、彼らの初動捜査段階には合相応しくないマニアックな美学的会話から物語は始まる。
鑑識課員はこれが「極めて大きな何事かの濫觴」だという感想を述べるのだが、ここで何となく悪い予感。「濫觴」なんて言葉、日常で使うことあるか?ましてや殺人事件の捜査過程の雑談で。そもそもこの言葉、ランショウという音もきついし、漢字の印象もあまりに硬い。
濫は氾濫とか濫用とかの、みだりに過剰なという意味を先に連想してしまうし、觴に至っては何だか判らず、角が尖ったもので傷つけられるような不吉なイメージを持つばかり。両者からは溢れる禍々しさは受け取れても、小さな流れに盃を浮かべるといったほのぼのさは全く感じられないのだ。
そりゃお前の無知のせいだろと言われるだろうが、私にはこの言葉からは、ひけらかしとか、見掛け倒しといったメタなメッセージを受け取ってしまい、それが最後まで先入観として残ってしまった。では、つまらなかったのかと言うとそんなことはなく、十分楽しんで3時間余を過ごすことは出来た。ただその楽しさは、例えば水戸黄門がその権力を使って、非道な悪漢どもを懲らしめる爽快さのようなものである。
全知全能の存在が人間社会で絶対とされる正義や善という観念を軽々と手玉に取り、次々と繰り出される古今東西の知識人たちの該博というレベルを超えた引用で解説していく様は見事というしかない。結局最後は神をこえたその存在は、ある意味での叙述トリックなのだということが仄めかされるあたりで、ああまたこれかいな、と溜息をついて残りをそさくさと読み飛ばすことになるけれど。
私は以前から、筒井康隆の小説はとても面白いのに、彼が稀に書く芝居はさっぱり面白くないのは何故なんだろうと不思議に思っていた。この小説を読むと、何となくその理由がわかるような気がする。筒井の真似をしてわかりにくい表現をするなら、可能世界は言語によってそのすべてが記述されるわけではなく、言語で描かれる世界はモナドの領域の一部に過ぎないということだ。おまけにそのモナドには窓もあるということに、筒井は少々無自覚なのではないだろうか。
で、感想なのだがいささか微妙である。公園で発見された女の片腕、バラバラ殺人と思われる事件の捜査にあたる美男でインテリの警部、皮肉屋で饒舌なベテラン鑑識課員、彼らの初動捜査段階には合相応しくないマニアックな美学的会話から物語は始まる。
鑑識課員はこれが「極めて大きな何事かの濫觴」だという感想を述べるのだが、ここで何となく悪い予感。「濫觴」なんて言葉、日常で使うことあるか?ましてや殺人事件の捜査過程の雑談で。そもそもこの言葉、ランショウという音もきついし、漢字の印象もあまりに硬い。
濫は氾濫とか濫用とかの、みだりに過剰なという意味を先に連想してしまうし、觴に至っては何だか判らず、角が尖ったもので傷つけられるような不吉なイメージを持つばかり。両者からは溢れる禍々しさは受け取れても、小さな流れに盃を浮かべるといったほのぼのさは全く感じられないのだ。
そりゃお前の無知のせいだろと言われるだろうが、私にはこの言葉からは、ひけらかしとか、見掛け倒しといったメタなメッセージを受け取ってしまい、それが最後まで先入観として残ってしまった。では、つまらなかったのかと言うとそんなことはなく、十分楽しんで3時間余を過ごすことは出来た。ただその楽しさは、例えば水戸黄門がその権力を使って、非道な悪漢どもを懲らしめる爽快さのようなものである。
全知全能の存在が人間社会で絶対とされる正義や善という観念を軽々と手玉に取り、次々と繰り出される古今東西の知識人たちの該博というレベルを超えた引用で解説していく様は見事というしかない。結局最後は神をこえたその存在は、ある意味での叙述トリックなのだということが仄めかされるあたりで、ああまたこれかいな、と溜息をついて残りをそさくさと読み飛ばすことになるけれど。
私は以前から、筒井康隆の小説はとても面白いのに、彼が稀に書く芝居はさっぱり面白くないのは何故なんだろうと不思議に思っていた。この小説を読むと、何となくその理由がわかるような気がする。筒井の真似をしてわかりにくい表現をするなら、可能世界は言語によってそのすべてが記述されるわけではなく、言語で描かれる世界はモナドの領域の一部に過ぎないということだ。おまけにそのモナドには窓もあるということに、筒井は少々無自覚なのではないだろうか。
2015年12月7日月曜日
Playback.fm
気になるので早速自分の誕生日、1950年7月1日を検索してみれば、なんとアントン・カラスの奏でる映画「第三の男」のテーマ曲のチター演奏が流れてきた。私、この映画もテーマ曲も大好きなんだよね。これともう一つ「カサブランカ」を足せば、私にとって成熟し適度にヘタレた男の理想像を描いたイデア的作品になると言って過言ではない。そうだったのか、自分が生まれた時少なくとも米国でもっとも聴かれていた曲だったんだ。特別の感情を刺激されるのも当然だ。
ついでに、同じサイトが提供する"Find #1 Movie Day You Were Born & Watch Trailer"という映画版を検索してみる。そうしたら「花嫁の父」というコメディ映画だった。これは見てはいないが40年後にリメイクされた「花嫁のパパ」というのは見ていたので、結構面白いものだったと予想される。オリジナルには若き日のエリザベス・テイラーが出ているぐらいで。
何であれ、自分の誕生日にけっこう印象的な音楽が流行っていたことを知ったのは収穫だった。自分とは何の関係もないんだけど。それにしてもチターという楽器はすごい。超高度なテクニックを要求されるんだろうが、一台でオーケストラ並の音の広がりを表現出来る。監督はこれをはじめて聞いた時、既に映画の成功を確信したに違いない。
2015年11月26日木曜日
シルバー整髪
ここ10年以上、散髪といえば1000円の店しか行っていなかった。昔はホテルの整髪室なんか使って、数千円出していたこともあるが、今考えるととても正気の沙汰ではない。世の中に1000円床屋というものが広まり始めると、ごく当然のようにそちらを選ぶようになった。
安いだけではなく、10分そこらで終わるので生活時間を侵害しない。それに薄毛に悩まされる体質ではないという幸運もあり、妙な育毛対策も必要ない。そもそも大金かけて凝った作業を頭髪に施しても、それに見合うルックスを欠くので大した意味は無いのである。
そんな訳でずっと1000円床屋のお得意さんだったわけだが、いいことばかりではない。消費税アップ以降には1000円と言いつつ1080円取られるようになったし、シャンプーがなく、掃除機で毛くずを吸い取るだけなので、早めに入浴して頭を洗わないと気持ち悪い。風呂から上がったら妙にリラックスしてしまい、早くからワインなんか飲み始めたりして、休日のTO DOスケジュールは台無しとなることがしばしば。「生活時間を侵害しない」はずなのに。
引越し後、自宅の近くに「シルバー整髪」と看板に書かれた理髪店を発見した時には目が釘付けになった。60歳以上だと1600円でシャンプー、顔剃り込みの整髪をしてくれるというのである。520円アップではあるものの、この歳になったことで初めて具体的金銭的メリットを得られる機会だと思うと少々心が踊った。
そんな訳で、髪の毛も十分伸びたし、平日休みの今日、いざその店に出陣。久々の後ろに倒れるでかい椅子と、鏡の前に据えられたシャワー付きシンクに感激する。シャンプー中の「痒いとこありませんか?」の定例質問にも思わず笑みがもれて口に泡が入りかける。
初利用ということで顧客カードを作ってくれるのだが、「50代ですか?」というお世辞にも乗らず、「いえ60代です!!」とキッパリ。金がかかっている場合、多少の見栄など出てくる余地はない。そうして1600円を払って悠々と帰宅したのだった。ただ出るときに壁に掲げられた料金表を見てみれば、この店は若い人も整髪料が1900円らしく、いささかお得気分が減少したのは否めなかった。
安いだけではなく、10分そこらで終わるので生活時間を侵害しない。それに薄毛に悩まされる体質ではないという幸運もあり、妙な育毛対策も必要ない。そもそも大金かけて凝った作業を頭髪に施しても、それに見合うルックスを欠くので大した意味は無いのである。
そんな訳でずっと1000円床屋のお得意さんだったわけだが、いいことばかりではない。消費税アップ以降には1000円と言いつつ1080円取られるようになったし、シャンプーがなく、掃除機で毛くずを吸い取るだけなので、早めに入浴して頭を洗わないと気持ち悪い。風呂から上がったら妙にリラックスしてしまい、早くからワインなんか飲み始めたりして、休日のTO DOスケジュールは台無しとなることがしばしば。「生活時間を侵害しない」はずなのに。
引越し後、自宅の近くに「シルバー整髪」と看板に書かれた理髪店を発見した時には目が釘付けになった。60歳以上だと1600円でシャンプー、顔剃り込みの整髪をしてくれるというのである。520円アップではあるものの、この歳になったことで初めて具体的金銭的メリットを得られる機会だと思うと少々心が踊った。
そんな訳で、髪の毛も十分伸びたし、平日休みの今日、いざその店に出陣。久々の後ろに倒れるでかい椅子と、鏡の前に据えられたシャワー付きシンクに感激する。シャンプー中の「痒いとこありませんか?」の定例質問にも思わず笑みがもれて口に泡が入りかける。
初利用ということで顧客カードを作ってくれるのだが、「50代ですか?」というお世辞にも乗らず、「いえ60代です!!」とキッパリ。金がかかっている場合、多少の見栄など出てくる余地はない。そうして1600円を払って悠々と帰宅したのだった。ただ出るときに壁に掲げられた料金表を見てみれば、この店は若い人も整髪料が1900円らしく、いささかお得気分が減少したのは否めなかった。
2015年11月15日日曜日
久々の富士山
ここ何日か雨や曇が続いていたのが、久々に夕方になって晴れあがり、赤富士の如き山頂が顔を出している。引っ越してきた我が家からは一応富士山が見えるのだが、残念なことに手前のビルに半分ほど隠れてしまうのと、大きくベランダから身を乗り出さないといけないのが難点である。
最近不運が続いており、つるりとしたスマホなどで安易に写真を取ろうとすると取り落として大事故の加害者になってしまいそうなので、引越し荷物の底の方から回収した10年前ぐらいのデジタル一眼を持ち出し、ストラップが劣化していないことをよく確かめて写真を撮るべくベランダへ。
当然のごとく電池切れで、慌てて家捜しして電池を入れ替えている間に薄暗くなってしまったが、やはり富士は富士。勇壮かつ華麗な姿を暮れなずむ夕空に留めていてくれる。こちらの寿命が尽きるまでは、視界を遮る新しいビルが建たないことを願いつつ、今日一日の無事を富士に感謝する夕暮れなのだった。
最近不運が続いており、つるりとしたスマホなどで安易に写真を取ろうとすると取り落として大事故の加害者になってしまいそうなので、引越し荷物の底の方から回収した10年前ぐらいのデジタル一眼を持ち出し、ストラップが劣化していないことをよく確かめて写真を撮るべくベランダへ。
当然のごとく電池切れで、慌てて家捜しして電池を入れ替えている間に薄暗くなってしまったが、やはり富士は富士。勇壮かつ華麗な姿を暮れなずむ夕空に留めていてくれる。こちらの寿命が尽きるまでは、視界を遮る新しいビルが建たないことを願いつつ、今日一日の無事を富士に感謝する夕暮れなのだった。
2015年11月6日金曜日
スマホとiPadに大散財
先日の休みの日に朝寝していたら、どこからか聞いたことのない音楽というか、ジングルというか、言うならば携帯電話の呼び出し音のようなものが聞こえる。なんか判らんが自分とは関係ないと決め込んでいたら、今度は固定電話の呼び出し。中身は職場からの問い合わせで、すぐに終わったがどうして携帯にかけてこない?
職員が言うには、携帯に何度もかけたが出ないので固定電話にかけたのだと。してみると先程の呼び出しは私あてだったのだ。目がまだ覚めやらぬまま携帯を眺めてみれば、外部SDカードが読み込まれておらず、そこに保存してあった呼び出し音が消えていて別のものに切り変わっていたのだった。カメラや仕事関連のファイルもごっそり消えている。
修理のため貴重な休日をドコモショップで過ごすことになるが、ここがまたものすごい人出。数時間待ちとのこと。午後の予約時間前に出直すが、順番はまだまだ回ってきそうにない。ここには予診係みたいな人がいて、窓口に座るまでに問題を聞いてくれるのだが、カード自体の異常かも知れないし、本体の異常かもしれず、個人情報の観点からはカードを調べるわけには行かないのだと言う。
本体の検査修理には異常あるなしにかかわらず2万程かかるので、割引制度を利用した新機種交換とほとんど負担は同じなのだと。三年使っている今のアンドロイドには満足していたが、負担がそう変わらずに新機種になるなら交換のチャンスかもなと思ってしまった。あとは窓口で手続をと言ってその予診係は消えてしまい、私は更に待ちぼうけ。
そこに別のキャッチ系お兄さんが現れる。いまキャンペーンをやっていてスマホとiPadを同時契約すると通信費はほとんど増えない。iPadのハード費用もほとんど無料になるという。私は最初期型のiPadを持っているが、カメラはないしiOS9が入らないので使えるアプリは減るばかりという現状にいささか参っており、ハード無料で通信費も安いというなら交換のチャンスと思ってしまった。後にそれは大間違いと知れたが、キャッチ君の説明はどう聞いても「ほとんど費用はかからない」という内容であった。
やっと窓口に呼ばれ、スマホとiPadの契約をしたが、一括で10数万なんぼという説明。あれ、機種交換に2万程度とハードはほぼ無料じゃなかったけ。向こうの言うには月々分割の場合、通信料の大幅割引きでいままでと負担はほとんど変わらないのだが、一括ならハード費用はそのまま払ってもらうしかない。通信費はかなり安くなるので、二年の間には今日払う費用はほぼチャラになる(かもしれない)とのこと。
明日の100円よりは今日の10円という関西人感覚からはいささか受け入れ難かったが、今更どうにもならない。ドコモショップを出ると外はもう薄暗い。時間と金を無駄にしてしまった虚しさが、吹き始めた冬風に倍加される晩秋の夕暮れなのだった。
職員が言うには、携帯に何度もかけたが出ないので固定電話にかけたのだと。してみると先程の呼び出しは私あてだったのだ。目がまだ覚めやらぬまま携帯を眺めてみれば、外部SDカードが読み込まれておらず、そこに保存してあった呼び出し音が消えていて別のものに切り変わっていたのだった。カメラや仕事関連のファイルもごっそり消えている。
修理のため貴重な休日をドコモショップで過ごすことになるが、ここがまたものすごい人出。数時間待ちとのこと。午後の予約時間前に出直すが、順番はまだまだ回ってきそうにない。ここには予診係みたいな人がいて、窓口に座るまでに問題を聞いてくれるのだが、カード自体の異常かも知れないし、本体の異常かもしれず、個人情報の観点からはカードを調べるわけには行かないのだと言う。
本体の検査修理には異常あるなしにかかわらず2万程かかるので、割引制度を利用した新機種交換とほとんど負担は同じなのだと。三年使っている今のアンドロイドには満足していたが、負担がそう変わらずに新機種になるなら交換のチャンスかもなと思ってしまった。あとは窓口で手続をと言ってその予診係は消えてしまい、私は更に待ちぼうけ。
そこに別のキャッチ系お兄さんが現れる。いまキャンペーンをやっていてスマホとiPadを同時契約すると通信費はほとんど増えない。iPadのハード費用もほとんど無料になるという。私は最初期型のiPadを持っているが、カメラはないしiOS9が入らないので使えるアプリは減るばかりという現状にいささか参っており、ハード無料で通信費も安いというなら交換のチャンスと思ってしまった。後にそれは大間違いと知れたが、キャッチ君の説明はどう聞いても「ほとんど費用はかからない」という内容であった。
やっと窓口に呼ばれ、スマホとiPadの契約をしたが、一括で10数万なんぼという説明。あれ、機種交換に2万程度とハードはほぼ無料じゃなかったけ。向こうの言うには月々分割の場合、通信料の大幅割引きでいままでと負担はほとんど変わらないのだが、一括ならハード費用はそのまま払ってもらうしかない。通信費はかなり安くなるので、二年の間には今日払う費用はほぼチャラになる(かもしれない)とのこと。
明日の100円よりは今日の10円という関西人感覚からはいささか受け入れ難かったが、今更どうにもならない。ドコモショップを出ると外はもう薄暗い。時間と金を無駄にしてしまった虚しさが、吹き始めた冬風に倍加される晩秋の夕暮れなのだった。
2015年10月4日日曜日
車にはねられてしまった その2
ストレッチャーに乗せられて天井の照明が過ぎ行くのを見ていると、子供の頃見ていた医療ドラマ「ベン・ケーシー」のオープニングを思い出す。たしかあの映像では頭を先にしてストレッチャーを移動させていたが、それは患者に不安を与えるので、よろしくないんだよな。その夜の救急隊員も頭を先にしている。ちゃんと研修させにゃ行かんなどと考えていると救急室に到着。
明るいイケメン看護師が問診、その後にもう一度同じことを研修医に説明。この時点でネックカラーを付けさせられるが、頭頸部がデカ目の私には苦しいだけ。これナシではダメ?と頼んでみるが「規則だから」と取り合ってもらえない。輸液ラインまで取ると言い出したので、それはマジに拒否。
しかし研修医は私のTシャツに白いシミが浮いているのを目ざとく見つけ、やってきた指導医に、多量の発汗のせいで塩が浮いているようなのでショックの可能性を考える必要があるのでは、と提案している。あのー、このシミは歯磨き粉がたれてできたもので…と説明しようとしたが何だか恥ずかしくて言えなかった。
まあ、ケロッとしているし、レントゲンとCT、内蔵損傷チェックのための超音波検査しておけばいいだろうと言う話に落ち着き、一通りの苦行をおえて無罪放免。筋肉痛がひどいが、面倒臭かったので痛み止めはもらわなかった。家にあるのを適当に飲んでおこうと思ったのだが、すでにダンボールに詰められているのを忘れていて、一晩激しい全身の筋肉痛にさいなまれる。
最近の救急医療というのは全身状態には過剰なまでの注意は払うが、膝や手に今そこにある擦過傷などには余り関心がないらしく、傷は結局ほったらかし。帰るときに看護スタッフから、「傷はシャワーで洗って、市販のカットバンを貼っておいてください」と言われてひっくり返りかける。
帰ってから膝の傷をシャワーで洗ったら、アスファルトのカケラが2個ほどでてきたが、まあそれは良しとしておこう。買い置きしてあったキズパワーパッドのおかげか、10日目にはほぼ傷が塞がったので、妙な消毒やらガーゼを使わないというのは方針としては正しいのだろう。病院で洗浄してちゃんとドレッシングしてくれないのは不思議だが。全身の筋肉痛のほうはいまだに続いており、ダンボールに囲まれた生活が改善されないのはそのせいなのだ。
今回の教訓。
①どうせ車にはねられるなら、メルセデスに限る。
②病院に行くときは歯磨き粉を垂らしたTシャツなどは着用禁忌。
明るいイケメン看護師が問診、その後にもう一度同じことを研修医に説明。この時点でネックカラーを付けさせられるが、頭頸部がデカ目の私には苦しいだけ。これナシではダメ?と頼んでみるが「規則だから」と取り合ってもらえない。輸液ラインまで取ると言い出したので、それはマジに拒否。
しかし研修医は私のTシャツに白いシミが浮いているのを目ざとく見つけ、やってきた指導医に、多量の発汗のせいで塩が浮いているようなのでショックの可能性を考える必要があるのでは、と提案している。あのー、このシミは歯磨き粉がたれてできたもので…と説明しようとしたが何だか恥ずかしくて言えなかった。
まあ、ケロッとしているし、レントゲンとCT、内蔵損傷チェックのための超音波検査しておけばいいだろうと言う話に落ち着き、一通りの苦行をおえて無罪放免。筋肉痛がひどいが、面倒臭かったので痛み止めはもらわなかった。家にあるのを適当に飲んでおこうと思ったのだが、すでにダンボールに詰められているのを忘れていて、一晩激しい全身の筋肉痛にさいなまれる。
最近の救急医療というのは全身状態には過剰なまでの注意は払うが、膝や手に今そこにある擦過傷などには余り関心がないらしく、傷は結局ほったらかし。帰るときに看護スタッフから、「傷はシャワーで洗って、市販のカットバンを貼っておいてください」と言われてひっくり返りかける。
帰ってから膝の傷をシャワーで洗ったら、アスファルトのカケラが2個ほどでてきたが、まあそれは良しとしておこう。買い置きしてあったキズパワーパッドのおかげか、10日目にはほぼ傷が塞がったので、妙な消毒やらガーゼを使わないというのは方針としては正しいのだろう。病院で洗浄してちゃんとドレッシングしてくれないのは不思議だが。全身の筋肉痛のほうはいまだに続いており、ダンボールに囲まれた生活が改善されないのはそのせいなのだ。
今回の教訓。
①どうせ車にはねられるなら、メルセデスに限る。
②病院に行くときは歯磨き粉を垂らしたTシャツなどは着用禁忌。
2015年10月3日土曜日
車にはねられてしまった
表題通りなんだが、時は既に10日以上前、明日は引っ越しの本作業という先月21日夜のことである。引越し作業で出た山のようなゴミを収集所に持って行った帰り、マンションへのアプローチ通路兼駐車場で、突然背中に大きな衝撃を受けて1m以上ふっ飛ばされた。
地面にたたきつけられる寸前、かなり冷静にこう考えていた。ライトが見えなかったので、どうもバックしてきた車にはねられたらしい。一番怖いのは向こうが気づかずにそのまままた轢かれてしまうことなので、着地後なるべく外側に移動できるようにしないといけない。
その後どうしたかはあまり良く覚えていないのだが、両膝と右手の甲、右上腕外側に擦り傷があるところから、一旦膝をつきながらも右前方に一回転して不十分ながらも受け身をとったようである。右頬に軽い擦過傷はあるが、頭をまともに売ってもいないようだ。昔いい加減に習った柔道の技が少しは役に立ったようだ。
もっとも仰向けになった位置で自分と車を見てみれば、完全に車の軌跡からは外れておらず、そのまま車がバックすれば両足轢断と言うハメになるところだった。相手の車はマンションの駐車場でいつも目立っていたメルセデスのワゴンで、これが普通の3ボックスカーなら上に跳ね上げられてひどい怪我を追っていたかもしれない。
骨が折れている様子もなし、擦り傷だけだと判断したのだが、こんな時は動かないほうがいいと思われ、救急車を呼んでもらうことにする。この辺で一番大きな救急病院を指定し、面映ゆくも救急車の中の人に。大したことないんだがなぁと思いつつも、ストレッチャーに乗る時全く自分の力では動けなかったのが気になった。勿論、一番気になったのは翌日の引越し作業のことである。(続く)
地面にたたきつけられる寸前、かなり冷静にこう考えていた。ライトが見えなかったので、どうもバックしてきた車にはねられたらしい。一番怖いのは向こうが気づかずにそのまままた轢かれてしまうことなので、着地後なるべく外側に移動できるようにしないといけない。
その後どうしたかはあまり良く覚えていないのだが、両膝と右手の甲、右上腕外側に擦り傷があるところから、一旦膝をつきながらも右前方に一回転して不十分ながらも受け身をとったようである。右頬に軽い擦過傷はあるが、頭をまともに売ってもいないようだ。昔いい加減に習った柔道の技が少しは役に立ったようだ。
もっとも仰向けになった位置で自分と車を見てみれば、完全に車の軌跡からは外れておらず、そのまま車がバックすれば両足轢断と言うハメになるところだった。相手の車はマンションの駐車場でいつも目立っていたメルセデスのワゴンで、これが普通の3ボックスカーなら上に跳ね上げられてひどい怪我を追っていたかもしれない。
骨が折れている様子もなし、擦り傷だけだと判断したのだが、こんな時は動かないほうがいいと思われ、救急車を呼んでもらうことにする。この辺で一番大きな救急病院を指定し、面映ゆくも救急車の中の人に。大したことないんだがなぁと思いつつも、ストレッチャーに乗る時全く自分の力では動けなかったのが気になった。勿論、一番気になったのは翌日の引越し作業のことである。(続く)
2015年9月30日水曜日
やっとネットがつながった
引っ越しというか、荷物の運送と運びこみ自体は一週間前には終わったのだが、何しろ安上がりプランなもので、業者は家具を大まかに配置してくれるのと、小物が入ったダンボールを運びこんでくれるだけの契約である、生活に必要な物資がどこにあるのかも判らず、当然食事を作る事も出来ない。
ここ10日近く朝飯はコンビニおにぎり、昼はパンと牛乳、ディナーはサイゼリアと言う生活。夜はココイチと言う日もあったが、あんまり変わらん。寝る時もシーツが見つからず、ベッドマットに直接寝る始末で、いささかグロッキー気味。それでも早く帰ってダンボールを片付けないとと思うのだが、それがままならない。こんな時に限って仕事は忙しく、どうでもいい様な会議や雑用が打ち続く。
その上に引越の前日、思わぬ事態に遭遇してしまい、作業進行には今現在も大きな阻害要因となっている。その件については後述ということにしたい。先ほどダンボールの山の中からMacBookをやっと回収したのだが、何故かマウスがない。私、トラックパッドが苦手なんですよね。ここまで入力するのも大変だったので詳しい話は明日以降。そう期待するような話ではないが。
ここ10日近く朝飯はコンビニおにぎり、昼はパンと牛乳、ディナーはサイゼリアと言う生活。夜はココイチと言う日もあったが、あんまり変わらん。寝る時もシーツが見つからず、ベッドマットに直接寝る始末で、いささかグロッキー気味。それでも早く帰ってダンボールを片付けないとと思うのだが、それがままならない。こんな時に限って仕事は忙しく、どうでもいい様な会議や雑用が打ち続く。
その上に引越の前日、思わぬ事態に遭遇してしまい、作業進行には今現在も大きな阻害要因となっている。その件については後述ということにしたい。先ほどダンボールの山の中からMacBookをやっと回収したのだが、何故かマウスがない。私、トラックパッドが苦手なんですよね。ここまで入力するのも大変だったので詳しい話は明日以降。そう期待するような話ではないが。
2015年9月20日日曜日
浅草で一泊
毎年今頃に娘達と恒例になっている亡き妻の慰霊大酒飲み大会を浅草で開催。当初は妻が好きだったクラシックホテル、箱根の富士屋ホテルとか日光の金谷ホテルなんかを利用することにしていたのだが、結構物入りなのと遠くまで行くのが面倒という理由で、昨年からは都内開催に簡易化。
それでも一応家族4人で泊まったことのある所にしようと言うことで、今年は浅草ビューホテルを選択。25年ぐらい前に初詣で利用したことがある。その時の印象はいささか危ない土地柄に聳え立つ白亜の超高級ホテルというものだったが、久しぶりに来てみれば、ビジネスホテルにまばらに毛が生えた、かなりヘタリが目立つ宿泊施設だった。記憶の中で美化されていたんですな。娘達の意見も同じ。
ホテルのレストランには余り期待できそうにないので、地元の雰囲気を満喫しようと焼肉屋とイタリアンバルをハシゴ。浅草の街はなかなかの情緒で、ぶらぶら歩きしているだけでも楽しい。土曜日のせいか夜遅くまで行きかう人波が絶えず、路上のテーブルで人々が飲み食う様子は東南アジアを思わせるエネルギーあふれるムード。こちらも触発され、さらにコンビニで酒とつまみを買い込みホテルの部屋でグダグダと飲み続ける。
結局いつの間にやら眠りこけていて、慰霊の夜は過ぎてしまった。娘達と分かれて、引越し荷物作りのために上野湘南ライン(こんなのがいつの間にか出来ていたので驚き)で帰宅。もう鍋も食器も片付けてしまったので、連休中はコンビニおにぎりとファミレス定食で過ごすことになる。そういえばネットの撤去作業の業者がもうじき来るんだった。本当に新居で生活再建が出来るんだろうかと、一寸不安になる二日酔いの休日なのだった。
それでも一応家族4人で泊まったことのある所にしようと言うことで、今年は浅草ビューホテルを選択。25年ぐらい前に初詣で利用したことがある。その時の印象はいささか危ない土地柄に聳え立つ白亜の超高級ホテルというものだったが、久しぶりに来てみれば、ビジネスホテルにまばらに毛が生えた、かなりヘタリが目立つ宿泊施設だった。記憶の中で美化されていたんですな。娘達の意見も同じ。
ホテルのレストランには余り期待できそうにないので、地元の雰囲気を満喫しようと焼肉屋とイタリアンバルをハシゴ。浅草の街はなかなかの情緒で、ぶらぶら歩きしているだけでも楽しい。土曜日のせいか夜遅くまで行きかう人波が絶えず、路上のテーブルで人々が飲み食う様子は東南アジアを思わせるエネルギーあふれるムード。こちらも触発され、さらにコンビニで酒とつまみを買い込みホテルの部屋でグダグダと飲み続ける。
結局いつの間にやら眠りこけていて、慰霊の夜は過ぎてしまった。娘達と分かれて、引越し荷物作りのために上野湘南ライン(こんなのがいつの間にか出来ていたので驚き)で帰宅。もう鍋も食器も片付けてしまったので、連休中はコンビニおにぎりとファミレス定食で過ごすことになる。そういえばネットの撤去作業の業者がもうじき来るんだった。本当に新居で生活再建が出来るんだろうかと、一寸不安になる二日酔いの休日なのだった。
2015年9月13日日曜日
縫いぐるみがお気に入り
引越し荷物まとめの作業中、押し入れの奥から古びた犬の縫いぐるみを回収した。娘たちが子供の頃、さんざん一緒に遊んでほとんど擦り切れかかっていたもの。名前もつけていた筈だが忘れてしまった。捨てずにとってあったんですな。
勝手に捨ててしまうのも何なのでソファーの上に放り出しておいたら、猫がいたく気に入ったのか、終日寄り添って寝るようになった。たまにちょっと蹴飛ばしてみたり、鼻先をなめたりしているので、自分の同類だと思っているのかもしれない。
何だこいつ、親戚っぽいけど何も言わないな。この家の匂いが染み付いているから、ここに住んでたんだろうな。でも、かまってやってもえらく反応が鈍いぞ。ちょっとトロいのかな。まあ、悪さもしてこないし、一緒に寝ていてやろう。と言うような感じか。
おかげで私の寝床に入ってくることがほとんどなくなり、荷造り作業がまだまだ続く中、抜け毛掃除にとられる手間がかなり減ったのが有難い。新居の方にも持っていくしかあるまい。こうして捨てられない過去のボロの類が、またひとつ増えるのだった。
薄暗かったのでフラッシュを焚いたら、色目が飛んでしまって白黒写真みたいになってしまったが、どうせノエルはカラーであろうが白黒であろうが、いつも黒。
勝手に捨ててしまうのも何なのでソファーの上に放り出しておいたら、猫がいたく気に入ったのか、終日寄り添って寝るようになった。たまにちょっと蹴飛ばしてみたり、鼻先をなめたりしているので、自分の同類だと思っているのかもしれない。
何だこいつ、親戚っぽいけど何も言わないな。この家の匂いが染み付いているから、ここに住んでたんだろうな。でも、かまってやってもえらく反応が鈍いぞ。ちょっとトロいのかな。まあ、悪さもしてこないし、一緒に寝ていてやろう。と言うような感じか。
おかげで私の寝床に入ってくることがほとんどなくなり、荷造り作業がまだまだ続く中、抜け毛掃除にとられる手間がかなり減ったのが有難い。新居の方にも持っていくしかあるまい。こうして捨てられない過去のボロの類が、またひとつ増えるのだった。
薄暗かったのでフラッシュを焚いたら、色目が飛んでしまって白黒写真みたいになってしまったが、どうせノエルはカラーであろうが白黒であろうが、いつも黒。
2015年9月6日日曜日
引越し準備に青息吐息
引っ越しの日を9月の連休と決めたのはいいのだが、老後の蓄えを少しでも残そうというセコイ考えのもと、引っ越し業者の見積もりから、かなり安上がりなプランを選んでしまった。一人暮らしの事、荷物準備に大した手間はいらんだろうと思ったのである。
しかしよく考えれば今は一人暮らしとはいえ、かっての4人家族生活の遺物をほとんど抱えたままなのである。煎茶でも抹茶でも20人以上招いて茶会が開けそうな道具を持っている独り者と言うのは、かなり稀な存在なのではないかと思うがどんなものだろう。塗りのお盆も30枚ほどあったな。後は推して知るべしである。
そんな訳でここ何日か、荷物をダンボールに詰めるだけの毎日である。大きな家具などは業者が運んでくれるが、中の小物はこちらが整理梱包しておかないといけない。幸いなことに、10年以上前に「蔵書」というものは持たないことにして、医学書は勤め先の図書室に、人文系の全集などは公共の図書館に寄付してしまった。フロイトもウィトゲンシュタインも柳田國男も南方熊楠もきっと本望であろう。こちらも労力が半分。
それでもちょっと気になる本とか、たまに読み返すので取っておいてある本もまだたくさんあり、これの扱いが大変。本は集まるとやたらに重く、ダンボール一箱で30kg近くにはなる。まとまるとトン単位になるダンボールの置き場がないので寝室にも積み上げてあるのだが、地震でもあって崩れれば圧死は確実である。
その上、目についたものから箱に詰めてしまうものだから、当面の生活必需品が全く揃わない。食器棚の底の方からレトルトカレーを発見したので、晩飯はこれにしようと温め始めたのはいいが、お皿をみんな片づけてしまっていた。ドンブリしかなく、おまけにスプーンがない。仕方なく箸で食べていると実に情けなくなってくる。
せめて少しでも猫が手伝ってくれたらなぁと思うのだが、邪魔はしても助けてくれるはずもない。大体、引越し当日、こいつをどうしておけばいいのだろうかと、悩みの種は増えるばかりなのだった。
しかしよく考えれば今は一人暮らしとはいえ、かっての4人家族生活の遺物をほとんど抱えたままなのである。煎茶でも抹茶でも20人以上招いて茶会が開けそうな道具を持っている独り者と言うのは、かなり稀な存在なのではないかと思うがどんなものだろう。塗りのお盆も30枚ほどあったな。後は推して知るべしである。
そんな訳でここ何日か、荷物をダンボールに詰めるだけの毎日である。大きな家具などは業者が運んでくれるが、中の小物はこちらが整理梱包しておかないといけない。幸いなことに、10年以上前に「蔵書」というものは持たないことにして、医学書は勤め先の図書室に、人文系の全集などは公共の図書館に寄付してしまった。フロイトもウィトゲンシュタインも柳田國男も南方熊楠もきっと本望であろう。こちらも労力が半分。
それでもちょっと気になる本とか、たまに読み返すので取っておいてある本もまだたくさんあり、これの扱いが大変。本は集まるとやたらに重く、ダンボール一箱で30kg近くにはなる。まとまるとトン単位になるダンボールの置き場がないので寝室にも積み上げてあるのだが、地震でもあって崩れれば圧死は確実である。
その上、目についたものから箱に詰めてしまうものだから、当面の生活必需品が全く揃わない。食器棚の底の方からレトルトカレーを発見したので、晩飯はこれにしようと温め始めたのはいいが、お皿をみんな片づけてしまっていた。ドンブリしかなく、おまけにスプーンがない。仕方なく箸で食べていると実に情けなくなってくる。
せめて少しでも猫が手伝ってくれたらなぁと思うのだが、邪魔はしても助けてくれるはずもない。大体、引越し当日、こいつをどうしておけばいいのだろうかと、悩みの種は増えるばかりなのだった。
登録:
投稿 (Atom)








